―― 目の前に広がるのは、青い空と、その色を深くうつしこんだ海。
ざざざざぁぁぁっ、とお腹の底に響くような音を立てて、波が寄せては返す。
遠くでは、水面が無数の光を反射して輝いている。
吹きすさぶ風は、潮の香り。 ――
「よっしゃあ! 海だ!」
俺は、はしゃいで、砂浜を走ろうとした…… 「ん?」
あれ、イメージと違うぞ。
「歩きにくい!」
足が砂にめり込んで、靴の中にも砂が入ってきて、正直言って気持ち悪い!
「おほほほほっ」 そんな俺を見て笑うのは、金髪縦ロールに、豊満な胸元をばーん、と1/3程出した真っ赤なドレスの美少女…… プレイヤーネーム 『エリザ』 だ。
「走るのなら裸足で、もっと波打ち際でなくてはね!」
「そうなんですね! 大将!」
「ええいっ……! 姫君とお呼び!」
「くぅーん……」 俺のペット兼ガイドのモフモフ犬 『チロル』 も、 「そうです」 と言いたげに、エリザに身を寄せて鼻を鳴らした…… すっかり、日和ってやがる。
しかし俺は、耐えた。
なぜなら、この日常系VRゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 を始めてすぐに海にまで行けたのは、先輩のエリザが連れてきてくれたお陰だからだ。
(俺の 『外出レベル』 では……まだ商店街までしか行けないから)
「姫君! 誠にありがとうございます!」
「よくってよ! オーホホホホっ!」
エリザは再び高笑いをして、手に持ったポテトマッシャーを振り上げると……
厳かに号令をかけたのだった。
「では…… 『潮干狩り』 開始!」
※※※※
ことは数時間前に、始まった。
「ほら、サトル! 欲しがってたの!」
と祖母がくれたのが、このVRゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 だったのだ。
「うわぁ、ばあちゃん、ありがとう!」
正直言えば、欲しかったのは、『マジカル・ブレイド・ファンタジー』 という本格的な冒険RPGなんだけどね!
こういう 『核戦争が起こる前の地上生活をリアルに再現! お子さまの教育にも最適!』 ってゲームとは、ちょっと違うんだけどね!
正直には、言えない。
だってVRゲームはバカ
どうみても交換不可の割引品でも、けっこうなお値段してるのだ。
―― ばあちゃんの気持ちを、無下にはできない。
そんなワケで、俺は盛大に喜んでみせた。
「やった! VRゲームはじめて! ばあちゃん大好き!」
まあ、これは本当だしね。
それに、 『地上での普通の暮らし』 も、気になるといえば、なる。
なにしろ俺たち人類はいま、ウン十年前の世界規模の核戦争のせいで、地下の街で暮らしているのだから。
俺も、地下第3世代 ―― 生まれたときから地下に住んでいる組だ。青空なんて、地下街の天井に投影されてるやつしか見たことない。
―― ま、とりあえず始めるか。
まずは、説明書。
ふむふむ 『楽しすぎて長時間プレイしてしまう場合に備え、先に水分を取ってトイレを済ませておきましょう』 か…… OK。
トイレへ行って、水も多めにのんで、と。
次に、また説明書を見ながら、ヘルメットと手足のプロテクターを取り出す。
この装備で、視覚や聴覚などの五感を操作して、実際にゲームの世界にいるように感じさせるんだな。
頭、手、ひじ、膝、足……
俺は、ひとつひとつ、装備をつけていった。
ヘルメットはかぶると、冷たい感じがする。機械の加熱を防ぐため、冷却装置が内蔵してあるんだって。
足のは、メッシュタイプの靴みたいだ。
装備をつけると、ワクワクしてきた。
よし、いよいよゲームスタートだ……!
ゲームを始めるのに必要なのは、ログインのためのアクションとワード。
なになに……? えええ……!?
これ、恥ずかしくない!?
やんなきゃだめ? だめなの!?
…… よし、やろう。
俺は、腕を頭上にあげた。
100年以上前のアイドルみたいに、大きく回しながら叫ぶ。
『マジカル ミラクル はじまるよっ!』
で、目の横からVサインをあてる決めポーズ。
―― 失敗して入れなかったら、俺のMP (メンタル値) はきっと死ぬ……
ある意味ドキドキした俺だが、無事にゲーム内に入ったみたいだ。
真っ暗な空間から、声だけが響いてきた。
『ようこそ、マジカル・ブリリアント・ファンタジーの世界へ……』