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第十二話『白の都』・肆

『-ふう~』

 太陽が南から西へと降り始める頃。絶品の昼飯を食べ終えた俺達は、班長の家でのんびりとしていた。

「…いや、お前のお父さん料理上手だな」

「はい。どれも凄く美味しかったです」

「ふふ、ありがとう」

「もしかして、玄人(プロ)だったのか~?」

「…どうでしょう。

 あ、でもお父さんの過去の事って先輩の人達はおろか、お母さんもあんまり知らないみたいです。

 だから、もしかしたらどこかのお店で働いていたのかもしれません」

「そうか~」

「…じゃあ、この後にでも聞いてみるか?」

「…っ」

 そんな話のなか、ふと俺は当主の実の娘に提案してみる。…すると、彼女は少し困ったような顔をした。

「…確かに、私も知りたいよ。でも、語らないのは何か深い理由があると思うの」

「「「…っ!」」」

「…だから、聞かないほうが良いと-」

「…?」

 彼女がそう言っている時、ふと窓の方から人の気配を感じた。…あれ、この気配ってあの人だよな。


「…どうかした?」

「……」

 当然、彼女はこちらの様子に気付いたのでとりあえず俺は窓を開けてみる。すると、外には道場主が居た。

「…っ!?お、お父さんっ!?」

「「……」」

「…すまない、盗み聞きするつもりはなかったのだが。

 …そうだな。とりあえず、そちらに行こう」

 当然、彼女はびっくりしていた。…一方、父親は少し申し訳なさそうにしていた。

 けれど、直ぐに気持ちを切り替え玄関の方に移動した。

「…いや、『噂をすれば影が立つ』って、こういう事なんだな~」

「…本当に、驚きました」

「…良く気付いたね」

「…まあ、他人のお家だからなのか完全に気が抜けてなかったからな」

 仲間二人が驚くなか、彼女は褒めて来た。けれど、俺は苦笑いを浮かべてそう返した。

「…いえ、きっと『素質』よ。

 本当、どうして君みたいな普通の生まれの人に沢山の『闘いの才』が宿ってしまったのかしらね?」

「…俺が聞きたいよ。…お」

 彼女と一緒に困っていると、廊下から彼女の父親の気配がした。…とりあえず、気持ちを切り替えよう。


「-入るぞ」

「っ!どうぞ」

 そして、程なくして渋い色の着物を着た父親が居間に入って来て俺達の前に座する。

「…まずは、改めて自己紹介をしよう。

 -葛西道場が当主、葛西正義だ」

「は、はじめまして。

 自分は…-」

 まず、当主は名前を名乗ったのでこちらも少し緊張しながら名乗った。…その間、当主はこちらをじっと見ていた。

「…栗蔵氏に、仁君に、智一君だな。

 ようこそ、葛西道場へ。…そして、良くぞ跡継ぎの義の心に応じてくれた」

「「は、はい」」

「どうも~」

 それが終わると、当主は俺達に歓迎と感謝の言葉を掛けてくれた。…いや、年下のしかもまだまだ未熟な俺達にこんな対応をしてくれるとは思わなかった。本当に、立派な人だ。

「…では、先程の純粋な疑問に答えよう」

『…っ』

 そして、当主は俺達の疑問に答えてくれるようだ。…一体、どんな答えが返ってくるのか?


「まあ、大方は栗蔵氏の予想通りだ。

 私は、若い頃この家を離れて首都の次に大きな都である『紅天』に住んでいてね。

 そこの和食屋で、長い事働いていたんだ」

「えっ!?」

「なるほど~」

「…確か、紅天って今は蒸気技術の最先端の都でしたよね?」

「…そうなのか?」

 当主の過去を聞いた仲間達は、驚いたり納得したりしていた。…一方、俺は少し話についていけなかった。

「おや?もしかして、仁君は大陸の外から来たのか?」

「あ、はい。自分は、東の国出身です」

「ほう。いや、本当に良くぞ此処まで無事に来てくれた。

 …おっと、話がそれたな。

 まあ、だからそこそこ料理の腕があるのだ」

「…なら、どうして今ままでお母さんや師範代達に話して来なかったの?」

「…それはだな、単純に若い頃の思い出を語るのが恥ずかしいからだ」

 すると、娘は肝心な所を聞いた。それに対し父親は、苦笑いしながら返した。…どうして、立派に働いていたのに恥ずかしいんだ?


「…もしかして、お父さんが家を出ていた理由に関係してる?」

「…その通りだ。

 -あの頃、私は『整えられた道』を歩くのが嫌だったのだ。おまけに、厳しい稽古も本当に苦痛だった。…だから、私は家から逃げるように旅立ったのだ」

『……』

 当主は、静かにそして冷静に過去を語る。無論俺達も、黙って聞いた。…整えられた道か。つまり、将来が決まっていたって事だよな。

「そして、各地を転々としながら紅天にたどり着き運良く和食屋に雇って貰った。

 そこからは、そこそこ満足の行く生活を送る事が出来た。

 だが、ある時店主に言われたのだ」 

『……?』

「『お前さん、今の暮らしは楽しいか?』…そう言わて、はっとさせられたよ。

 店主が言うには、俺はどこか『不満足』な顔をしていたそうだ」

『……』

「…そう、私はなんだかんだこの家が好きだったのだ。

 伝統と格式があり、そしてこの都の人達に愛されているこの家が本当に自慢だった。…家を離れて、初めてその思いに気付いたのだ。

 だから、私は五年程お世話になったその店を辞めてこの家に戻って来たのだ」

 そして、当主は苦笑いしながら語る。…それは確かに恥ずかしいかも。でも、心が暖まるお話だ。


「…なるほどね。

 本当、お父さんがこの家を大好きで良かったと思う。

 でなれば、お母さんと出逢う事もなく私もこの世に生を受ける事もなかったのだから」

「…ああ。本当に、良かったよ。…ただ、戻って来た後は本当に大変だった」

「…ああ~、お祖父ちゃんに凄く怒らたのね」

「…いや、あそこまで怒った先代を見たのは初めてだったよ」

 そう語る当主は、冷汗を浮かべていた。…どうやら、先代はとても家族思いの人らしい。

「…まあ、そこで私はようやく心を入れ替え厳しい修行にも耐えて、今に至る訳だ」

「…なるほど~」

「「……」」

「…そうだったんだ」

 当主はそう言って話しを終わらせた。それを聞いた俺達は、なんとか反応するか唖然とするしかなかった。

「…さて、そろそろ午後の稽古が始まるので私はこれで失礼する」

「ありがとう、お父さん」

「どういたしまして。…あ、この後暇か?」

「あ、ごめんなさい。

 私と仁は、この後『西条』の家に行くの」

「…そうか。…もしや、春川女史の行方を調べるのか?」

「…っ!」

 すると、当主は的確にこちらの行動を予想してきた。…いや、多分俺が未熟だから気付いたのかも。


「そうだよ。…そもそも、彼の最初の目的地はこの白の都なの」

「…ほう」

「…あ、実はですね-」

 当主が興味深くこちらを見て来たので、俺は此処までの事を簡潔に話した。…当然、それを聞いていた当主はだんだんと真剣な物に変わっていく。

「…随分、大変な思いをしたんだな。…そして何度も言うが、本当に良くぞ義に応じてくれた」

「…どういたしまして」

「…じゃあ、そういう事だから。

 -あ、そうだ。せっかくだから、この二人に参加して貰ったら?」

 そして、彼女は話を終わらせて立ち上がり歩き出そうとする。…けれど、ふと足を止め仲間二人を見てそんな提案をした。

「「え?」」

「…そうか、その手があったな」

「「…えっと?」」

「さあ、仁。行こう」

「…ちょっ、え?」

 すると、当主はじっと二人を見ながら娘の提案を受け入れた。…当然、二人は困惑するが提案した当人はさっさと部屋を出て行ってしまったので、俺は慌てて後を追い掛ける。


「…お、おい、どういう事だよ?」

「え?…ああ、二人には『闘士対策』の講師になって貰いたかったの」

「…へ?…もしかして、この間の件か?」

 そして、玄関で彼女に追い付き質問すると当人はそんな答えを返した。…当然、俺は一瞬意味が理解出来なかったが直ぐに予想を出した。

「いいえ。私が闘士に選ばれた時から、定期的にやっているわ。

 まあ、私が旅に出ている間はやってなかったから今回久しぶりに再開するの。…っと」

「…なるほど。…で、何であの二人に?」

 話ながら彼女は靴を履いたので、とりあえず俺も準備しながらもう一つ質問してみる。…すると彼女は、真剣な顔でこちらを見た。

「そりゃ、『二人が適任』だからよ。

 栗蔵兄さんは単純に強いし、智一は奇襲向きの力だからね。

 それに、二人にとっても今回の稽古は良い経験になると思うの。

 -闘士としては勿論、武術家として成長する意味でもね」

「…それ、説明しなくて良かったのか?」

 彼女の答えに、俺は少し感動しつつそんな事を言った。…すると、彼女は笑顔になる。


「大丈夫。…だって-」

「-では、行こうか?」

「分かりました~っ!」

「はいっ!」

 彼女が居間の方を見ると、丁度良く当主と仲間二人が出て来た。…特に、仲間二人は凄くやる気に満ちていた。

「では、先に失礼する」

「…あ、はい」

「二人共、気を付けてな~」

「仁お兄さんのお師匠さん、見つかると良いですね。それでは、行って気ますっ!」

 そして、当主と仲間二人は素早く玄関から出て行った。

「もしかして、当主が同じ話をしてたのか?」

「その筈よ。…お父さん、昔から弟子の人をやる気にさせるのが得意だから」

「…は~、凄いな」

「…じゃあ、改めて私達も行こうか」

「ああ」

 なので、俺達も玄関を出てそのまま道場を後にした。…そして、割りと直ぐ近くにあった西条の家に足を踏み入れるのだった-。

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