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第十話『対峙』・弐

「こんにちはっ!葛西道場が跡継ぎ、葛西桃歌ですっ!」

『-…はーいっ!』

「…あ」

 彼女が引戸を叩きながら名前を名乗ると、直ぐに中から人の気配がした。…その声を聞いた弟分は、なんだか嬉しそうな反応をした。

「-…お待たせ。良く来たね~」

 そして、引戸は開き中から穏やかな雰囲気のお婆さんさんが出て来た。…この人が、根津さんか。見た目は普通の穏やかお婆さんだが、多分稽古の時は厳しくなるのだろう。

「お久しぶりです、先生っ」

「おおっ、智一ですか。元気そうですね」

「はいっ」

「…根津先生、なんで彼が日向村に居るって教えてくれなかったんですか?

 こうして無事仲間になって貰えたから良かったものの、下手したら大変な事になっていたかもしれないんですよ?」

 弟分と根津が仲良く会話していると、桃歌は少し不満な様子であり得たかもしれない最悪の結末を告げた。

「…それについては、本当に申し訳なく思っているよ。

 -ただ、日向村に行かなかったおかげで敵の企みを阻止しただけでなく、そちらの彼と出逢えただろう?」

「…っ!…確かに、そうですね」

 すると、根津さんは申し訳なさそうにしつつ彼女に理由を話した。それを聞いた彼女は、凄く納得していた。…確かに彼女が真っ直ぐ港に来てくれなかったら、かなり危なかったな。

「さあ、こんな所で立ち話もなんだからお上がりなさい」

「…あっ、すみません」

「「お邪魔します」」

 そんな事を考えていると、根津さんは中に入るように言ってきた。なので、俺達はお辞儀をして離れに入った。


「-まずは、ようこそ我が道場に。

 既に知っているかも知れませんが、私が道場主の根津冬子です」

「…っ!…木之本仁です」

「ええ、宜しく。…ふむ、実に良い氣をしていいるね」

「…っ!」

 名乗りが終わると、ふと道場主はとても優しい顔で俺を褒めて来たので驚いてしまう。

「…先生は、氣の扱いに長けているからね」

「まあ、闘士ほどではないがね。…ああ、勿論桃歌も智一も実に素晴らしいよ」

「…恐縮です」

「ありがとうございます」

 勿論、道場主は弟子も褒める。すると、当人達はは嬉しそうにした。

「それで、今回は何を知りたいのかな?」

「…実は、こちらの仁の師匠を探したいと思いまして」

「ほう?…まずは、仁君の相棒の名前を教えてくれないかい?」

「『寅』です」

 そして、ついに本題に入ると最初に道場主は大事な質問をして来た。だから、俺は真剣な気持ちで答える。


「…そうか、李殿の後継者か」

「…先生は、あの方の行方をご存知ですか?」

「…残念だが、力になれそうにないな」

 すると、道場主は本当に申し訳なさそうな顔でそう言った。…うーん、どうしよう?

「…彼女とは、もう長いこと会っていないのだよ。それに、手紙のやり取りもな」

「…そうですか」

「だが、もしかしたら白の都になら彼女の手掛かりがあるやもしれない。

 事実、お前さんは彼女だけでなく他の闘士の事も良く識っていただろう?」

「…っ。……あ」

 行き止まりかと思ったが、道場主は先への案内をしてくれた。…それを聞いた彼女は、なにやら思い当たったような顔をした。

「ありがとうございます」

「どういたして。

 さあ、他に聞いたい事は?」

「…そうですね。

 -では、『丑』・『申』・『戌』の闘士の居場所は分かりますか?」

「分かった。…ただ、少し時間をおくれ。

 あ、勿論今日はこちらに泊まっていきなさい」

「っ!ありがとうございます」

「「ありがとうございます」」

 すると、道場主は有難い事を言ってくれたので俺達は素直にお礼を言った。


「どういたしまして。

 そうだ、もしお前さん達さえ良ければウチの者達の稽古を見ていくかね?」

「…え?良いんですか?

 そうですね、せっかくですから見て行きます」

「僕もです」

「分かった。それで、仁君は?」

「是非とも、お願いします」

 道場主からの提案に、仲間二人は即答で返事をした。そして、道場主は再度俺に聞いて来たので俺も頷いた。

「そうかい。…じゃあ、ついておいで」

「「「はい」」」

 すると、道場主は素早く立ち上がりゆっくりと歩き出した。勿論、俺達も直ぐにその後に続いて離れから出る。

『-せいっ!はあっ!』

 直後、先程までは静かだった稽古場から大勢の人の声が聞こえた。…しかも、声はバラバラではなくきちんと揃っていた。

「…ああ、懐かしいな」

「…同じくです」

 それを聞いた二人は、いろいろと思い出したのか笑顔になる。…この二人にとって、この道場は大切な場所なんだな。


『-せいっ!たあっ!』

 そんな事を考えている内に稽古場の入り口に到着すると、道場主は両開きの引き戸を勢い良く開けた。…直後、外よりも大きな声がこちらの全身を震わせた。

「…っ!型ぁー、止めっ!」

『押忍っ!』

 若干びびっていると、こちらに気付いた指導役が門下生達に指示を出す。当然、彼らは直ぐに稽古を止めた。

「皆、稽古中にすまないね。

 -今日は、遠くから客が来てくれたので見学して貰う事になった」

『…っ!』

 そして、俺達は稽古場のど真ん中を通りつつ指導役の居る一段高い場所に向かう。…その最中道場主は簡単に俺達の事を紹介してくれたのだが、そのせいで門下生達からかなり注目されてしまう。

「…あっ、忠助(ただすけ)先生。お久しぶりです」

「お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな。智一、桃歌」

 それから、指導役の所に着くと仲間二人は白髪交じりの男性に挨拶をした。…多分、この人にもいろいろとお世話になったのだろう。


「…ん?そちらの彼は初めましてだな。

 -私は、根津忠助。此処で、師範を任されている者だ」

「…あっ、どうも。

 自分は、木ノ本仁と申します。宜しくお願いします」

 すると、師範はこちらに気付き名乗った。なので、こちらも名乗りお辞儀をする。

「ああ、宜しく。…では、三人共そこに座りなさい」

「「はい」」

「…は、はいっ」

 そして、師範は道場主に席を譲りつつ下座の方を指差した。なので、俺達は右側に座り畳の上で正座をする。

「…っ。

 では、型ぁー、始めっ!」

『押忍っ!』

 それを見た師範は、少し意外そうな顔をするが直ぐに門下生達に再開の指示を出した。すると彼らは、返事をして型を作る。

『せいっ!はあっ!』

「…っ!」

 そして、彼らは一斉に稽古場を震わせるほどの掛け声と共に拳を前に突き出した。…凄い、声だけでなく動きもぴったり揃ってる。

 その一糸乱れぬ動きに、俺は感心した-。


「-そこまでぇーっ!」

『押忍っ!』

 それから少しして、師範が終了を告げると門下生達は深く頭を下げ素早く正座で座る。…彼らは皆、沢山の汗を流していた。

「皆、お疲れ様。…私の客達にも、良い刺激となった事でしょう」

『…っ』

 すると、道場主はそんな事を口にした。…当然彼らは、またこちらに注目する。

「それでは、彼らの事を紹介しましょう。

 -そして、出来れば皆について感想を求めたいと思います」

『…っ』

「…っ!?」

「「……」」

 当然の振りに、彼らはより真剣な目でこちらを見て来た。一方、俺はびっくりして思わず仲間二人を見る。すると、二人は苦笑いを浮かべていた。…ああ、良くある事なんだな。

「まずは、葛西桃歌」

「はい。

 まずは、稽古を見学させていただきありがとうございました。

 そして感想ですが、皆さんが真剣に修行に励んでいる事が伝わってきて私も改めて頑張ろうと思いました」

 最初に指名された桃歌は、まず礼をしてから感想と決意を述べる。…流石、慣れてるな。


『…っ』

 無論、本心からの感想であるので門下生達は僅かに嬉しそうにした。…中には、少し涙ぐむ人もいた。

「ありがとう。…では、周防智一」

「…はい。

 えっと、お久しぶりです。…その、まだまだ未熟な自分が皆さんの稽古の感想を言うのはとても緊張しますが、本当に凄かったです。

 自分も、いつか皆さんのように格好良い型が出来るようになりたいです」

『……』

 次に指名された弟分は、本当に緊張しながらも門下生達を憧れの目で見た。それを聞いた一番後ろに居る入りたてらしき人達は、ポカンと弟分を見ていた。

 まさか、自分達が憧れの対象となるとは思っていなかったのだろう。

「本当に、出来た弟子だな。…さあ、最後は木之本仁君だ」

『…っ!』

「(…なんで、最後なんだ?)…こ、こんにちは」

 当然、門下生達は様々な感情を込めた目をこちらに向けて来る。…なので、俺は余計に緊張しつつとりあえず挨拶をした。

「…えっと、そもそも自分は武術家ではないので隣の彼以上に皆さんについて感想を言える立場ではないのですが、気持ち良いくらい皆さん呼吸が合っていて本当に驚いています。

 きっと、此処で家族のように生活して来たからだと勝手に予想してます。…だから、本当に皆さんが羨ましいです」

『……っ!』

「「……」」

 何故か俺が最後になったので、とりあえず感想を告げた。…すると、彼らだけでなくこの場居る全員が驚いたり悲しそうな顔をした。


「…あ、その、別に私の家族や故郷の人達も皆元気ですので、ご安心して下さい。…その、実はかなり複雑な『事情』によって故郷を出るしかなかったので。…あ、以上です」

 だから、慌てて『家族』が健在だと告げ旅立ちの理由を話す。…すると、彼らは余計に暗い顔になってしまったので俺は自ら順番を終わらせた。

「…ありがとう。…いや、分かったつもりでいたが君達の『宿命』は本当に重たいのだな」

『……っ』

 そして、道場主はふと悲しそうな顔でこちらを見た。…それを聞いた門下生達は、何かに気付いた顔をした。

「…そうさ。この仁君も、『闘士』なのさ」

『……』

 すると、道場主は彼らの予想を肯定する。…当然彼らは、唖然としながら俺を見るのだった-。

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