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第九話『弟分』・壱

「-……っ。……ふあああ~っ。……っと」

 桃歌との出逢いから、七日後。俺は、いつものように早く起きゆっくりとベッドから降りた。

 昨日、短期の仕事は無事に終わり今日からいよいよ白の都に向けて旅立つのだ。

 そして、眠気を消し身だしなみを整えたら部屋の真ん中に立つ。

「……」

 俺は目を閉じ、素早く氣を練り上げていく。やがて、氣が充分に満ちたところで薄い服を身に纏うように氣で全身を包み込んだ。…よし。

『-ふむ、今日も良い早さだ』

 こうする事で、より氣の質と量が鍛えられ更に纏身が素早く出来るようになると寅は言っていた。…これが、桃歌に出逢ってからやり始めた日課だ。

 最初は仕事に軽めの影響が出る程には苦労したが、最近ようやく慣れて来た。

『…本当に、可笑しな奴だ』

 そして、目を開けると寅はいつものように可笑しそうにしていた。…寅が言うには、この修行にこれ程早く慣れた過去の闘士は数える程しかいないようだ。…はあ、なんでこんな闘い向きの素質なんて持っているかな?

 俺はそんな事を考えながら、旅の荷物を持って宿を後にした。


「-…はあ、今日で仁ともお別れか」

「…寂しくなりますね」

 それから少しして、近くの大衆食堂にていつもの面子と朝飯を食べていると、ふと一人がそんな事を言い別の奴も同意した。

「…いや、まあいつかはこんな日が来るとは予想してたけどさ」

「…流石に、早いよな」

「…ごめんな。まあ、また何処かで再会できるさ」

「…だな」

「元気でな」

「ああ」

 俺がそう言うと、テーブルの空気は少し明るくなり全員がっつりしたメニューを平らげた。

 そして、店の前で皆と分かれた俺はそのまま高台へと向かう。…っ。

『ぴい~っ!』

 やがて、高台に差し掛かると桃歌の使いがこちらを見つけ、彼女の元へと飛んで行った。

「-あ、おはよう。早いね」

「おはよう。まあ、習慣だよ」

「良い事だよ。…ん?」

 そんな会話をしていると、ふと彼女はこちらに近いて来てじっと見つめてくる。多分、俺の変化に気付いたからだろう。…だが、彼女はとても綺麗な容姿をしているのでこちらはドキドキしてしまう。


「…へえ、感心だね」

「…『相棒』がやれって言って来たからな」

 そして、こちらの動揺に気付かない彼女は笑顔で褒めて来た。…だから、俺は何とか顔を緩ませないようにしてそう返した。

「…本当に、仁の『相棒』は優しいね」

「…どうも」

 すると、彼女は笑顔のままそう言った。…ちなみに、自然とこういう呼び方になっていた。

「じゃあ、少し早いけど此処を立とうか?」

「ああ」

 そして、彼女は真面目な顔になりこちらに確認して来る。当然、俺も気持ちを切り替えて真剣に頷いた。

「分かった。じゃあ、行こう」

 それを聞いた彼女は、素早く歩き出したので俺はその後に続いた。

「まずは、厚大の港の隣にある呂奈の街を目指そう。

 そこには、私の家の知り合いが経営している道場があるの」

「なるほど」

「しかも、その家には物知りのお婆さんが居るの。…もしかしたら、その人なら仁の師匠となる人の事を知っているかもしれない」

「…なあ、もしかしてその人って武術の世界では有名人だったりする?」

「…有名人なんてものじゃないわ。

 -あの方は、まさに生ける伝説よ」

「…マジか。一体、どんな人なんだ?」

 すると、彼女は尊敬の顔を浮かべ凄い事を口にした。…だから、俺は興味が沸いた。


「あの方…春川李様は、一つ前の世代の寅の闘士なの。

 そして、『加賀の乱』の数少ない生き残りでもあるの」

「…『最後の乱』って、確かこの国最後の統一戦争だよな?…っ!…という事は、闘士は戦乱の度に現れてるのか?」

「正解よ」

「……」

 彼女はにこりとしながら頷くが、俺の心の中は複雑だった。…本当、どうして俺なんだ?

「…でね、あの方はその戦いにおいてまさに獅子奮迅の活躍をもって、真清の軍を勝利に導いたのよ」

「…なるほど」

 一方、彼女は自慢げに春川女史の武勇伝を語った。…どうやら、本当に凄い人らしい。

 そんな感想を抱いている内に、俺達は大きな門を通り過ぎ街道に出た-。


 ○


「-へぇ、仁は東の国の生まれなのね」

「ああ。…物心ついた頃から、身近に自然がある環境だった」

 厚大の都を出て、少しした頃。俺と彼女は互いの事を話していた。…どういう訳か、彼女は俺から話すように言ったのでこうして話しているのだ。

「まあ、白の都も山の中にあるけど貴方の大河村の方がより素敵なんでしょうね」

 彼女は、俺の故郷を賞賛してくる。…確かに俺もそう思うが、同時に『便利な物を頑なに受け入れない所』という思いもある。

「…まあ、そうだな」

 けれど、羨ましそうにしている彼女にそんな事を言う必要はない。…もし、下げる発言をしたら彼女と気まずくなるかもしれない。

「…だけど、そんな素敵な村から貴方は出なくてはならなくなったのよね」

「…まあ、元々成人したら出るつもりだったからな。少し、早くなっただけさ」

 すると、彼女は悲しそうな顔をした。…多分俺が、故郷との別れを悲しんでいると思ったのだろう。

 だから俺は、なるべく明るい顔で少し本音を口にした。


「……。…それじゃあ、次は私ね」

 それを聞いた彼女は、旅立ちの理由を聞きたそうにする。しかし、ふと思い止まり自分の事を話し始める。

「まあ、私の故郷についてはもう大分知って貰えているだろうから、私の旅の目的を話しておこうかしら」

「…っ」

 彼女は、真剣な顔でそんな事を言ったので俺も気を引き締めた。

「私はね、『刃龍同盟』の掲げる下らない野望を打ち砕く為に旅をしているの」

「…ちなみに、その野望って?」

「この大陸を再び戦乱の世に戻し、そして大陸の覇権を握る事」

「……は?」

 彼女が告げた内容に、俺はたまらず呆れた声を出した。…そして、彼女は続ける。

「その為に、奴らは大陸の各地を襲い武術の才能を持つ人達を拐い兵に仕立てあげているの」

「…っ」

「…更に、まるで奴らは『文明の進化』を拒むように蒸気技術の施設や物を破壊している」

「…そうか。……っ」

 気付けば俺は、拳を握り締めていた。…おまけに、ふつふつとわき上がる怒りで身体は震えていた。


「…仁の気持ち、分かるわ。

 私も、これを知った時は奴らへ怒りを抱いた」

「…っ」

 すると、彼女はふと立ち止まり俺の拳に手を重ね優しく包み込む。…そして、ゆっくりと自分の顔の前に運んでいく。

「…でも、怒りのままに奴らと闘っては駄目。

 それは、奴らよりも劣る事だから。なにより私達の『相棒』は、そんな心で闘う者には力を貸してくれないのだから」

「…っ。……っ」

 優しく諭された俺は、はっとした。だから、深呼吸をして心を落ち着かせる。

「…ありがとう」

「どう致しまして」

 俺が落ち着いたのを確認した彼女は、そっと手を離し再び歩き出した。…一方、俺は先程の事を思い出し少しドキドキしながらその後につづいた。


 -それから、特に何事もなく大勢の人が行き交う街道を進む事数時間。気が付けば、太陽は南の空にあった。

「大分順調ね。これなら、もうちょっとで『日向村』に着けるわ」

 すると、彼女はそんな事を言った。流石大陸の人だけあって、大体の地理は頭の中に入っているようだ。

「そこで泊まるのか?」

「うん。…まあ、夜移動するのは少し危ないからね」

「…?(…この辺りでも、夜は野生動物が出てくるのか?)…っ!…そうか、奴らは昼夜関係無しだったな」

「…そう。…だから、私は夜営を避けて港まで来る羽目になったの」

「…大変だったな」

 彼女は、少し苛ついた顔で愚痴をこぼした。それを聞いて、彼女が少し可哀想になり慰めの言葉をかけた。

「…ありがとう」

 すると、彼女は笑顔になった。…うん、やっぱり彼女は笑顔の方が良い。

「…あ、見えてきたわ」

 そんな事を考えていると、ふと彼女は前を指差した。なので、俺もそちらを見ると確かに田園風景の中に、そこそこ大きい村があった。

「あれか」

「そうよ。…あれくらいなら、宿があると思うわ」

「へぇ。まあ、とりあえず聞いてみよう」

「ええ」

 なので、俺達は慌てずゆっくりと村へと向かった。

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