「-…ふう」
あれから、五から六時間くらい後。俺は素泊まり宿のベッドの上でゆっくりしていた。
…あの後、俺はまた人気のない裏路地にて氣装を解除してから駆け足で港の保安所に行った。
すると、その少し後に会社の人と衛兵がやって来て事件の簡単な事情聴取を受けた。…まあ当然、俺やあの人が襲撃者を撃退した事は話していない。
それが終わると、その場で今日の仕事は終わりだと告げらた上に今日のお給料(しかも一日分以上の金額)まで貰った。
なので、直ぐに待ち合わせの店に向かうと当然のように、同郷の奴らは心配してくれた。おまけに、俺が来るまで店に入らず待っていてくれたのだ。
そして、遅れた事情を説明すると皆驚きそして俺の無事を安堵してくれた。…本当に、良い奴らだ。
その後は、皆で楽しく昼飯を食べて俺だけ先に宿で休んでいるという訳だ。
「(…にしても、まさか短い期間で三回も闘り合う事になるとはな)…ん?」
心底やれやれと思っていると、ふと窓から音が聞こえたので、俺は直ぐに窓に向かい硝子越しにそっと外を見る。…すると、綺麗な白色の小鳥が窓をこつんこつんしていた。
『-この者、使いだな』
「…っ(まさか?)」
訳が分からずにいると、ふと寅が現れてそんな事を言う。つまり、この小鳥は昼間助太刀してくれた葛西さんの使者という事だ。
「……。…おいで」
『ぴぃ~っ』
とりあえず、俺はそっと窓を上に開け使いに声を掛ける。すると、小鳥は可愛い鳴き声を奏で部屋の中に入って来た。
そして、小鳥は目の前を通り過ぎドアの近くでくるくると旋回し始める。
「…?(ひょっとして?)」
『…ああ。どうやら、お前を主の元に連れて行きたいようだ。
「…じゃあ、直ぐに出るから外に居てくれ」
『ぴぃ~っ』
なので、俺は窓の方を指差しながら小鳥に告げた。すると、小鳥は直ぐに外に出た。
(…闘士って、皆あんな事が出来るんだ)
『ああ。だが、あの技は卓越した氣の操作が必要となる』
(…なるほど。今の俺では、無理だという事か)
寅とそんなやり取りをしつつ、俺はきちんと部屋の鍵を閉めて下に降りる。そして、鍵を受付に預け宿を出た。
『ぴぃ~っ!』
すると、後ろで使いが鳴いたのでそちらに向かう。…さて、何処に連れて行かれるのかな?
俺は、少しドキドキしながら使いの後を追って行く。…それにしても、もうすぐ夜になるっていうのにこの街は活気に溢れているな。
ちらりと右側の飯屋を見ると、大人の男性達がお酒を飲んで騒いでおり、また左側のおかずを売っている店では様々な年代の女性が行列をなしていた。
それが、今通っている道の至るで見掛けられるのだ。…これが、都会なのか。
俺は、また一つ驚きながら大きな通りを抜けて行く。
やがて、俺は街の外れにある海を一望できる高台に導かれた。…此処だな。
俺は、意を決し丘を登っていく。そして、頂上にたどり着くと小鳥は奥にあるベンチに向かった。…そこには、茶色の髪をお団子に纏めた少女が居た。
『ぴぃ~っ!』
「ありがとう。…さあ、ご褒美だ」
『ぴぃ~っ!』
夕日に照らされた少女は、鞄から小さな袋を取り出した。…多分餌を与えるのだろう。
「…ああ、ごめんなさい。少し、待っていてくれますか?」
「ごゆっくりどうぞ」
すると、少女は少し申し訳なさそうにしながらこちらを向いた。勿論、俺は急いでいないので頷いた。
「ありがとうございます」
『ぴぃ~っ!』
そして、彼女は小鳥に餌を与える。…何だか使いって言うより家族みたいだな。
小鳥が嬉しそうに餌を食べるのを見る少女の横顔は、とても穏やかだった。…本当に、昼間助太刀してくれた人と同じ人なのか?
『ぴぃっ!』
「はい、お粗末様でした。…じゃあ、少しの間離れていてね」
『ぴぃ~っ!』
やがて、餌やりは終わり…小鳥は何処かへと飛んで行った。…すると、少女は立ち上がりこちらを見る。
「まずは、改めて自己紹介を。
私は、《酉の闘士》こと葛西桃歌です」
「…俺は、《寅の闘士》こと木之本仁です」
彼女が名乗ったので、俺も名乗る。…何だ?彼女は穏やかな顔をしているのに、全然気が抜けない。
「…ふふ、流石は闘士ですね。
-では、貴方を呼び出した理由を説明しましょう」
「…っ(…嘘、だろ?)」
すると、彼女はゆっくり氣を昂らせていく。…当然、俺は後退りしてしまう。
「どうか、私に貴方の力を見せて下さい」
「…何の為に?」
そして、彼女は静かにそう告げた。…それに対し俺は、訳が分からず質問してしまう。
実力ならあの時に見ているだろうし、何より彼女と闘う理由がない。
「貴方の人となりを、見極める為です。
きっと、これまで貴方は数回『刃龍同盟』の手の者を退けて来た事でしょう」
「…っ(…なんで、分かるんだ?)」
「そして、私もまた幾度となく連中と闘って来ました。…けれど、いずれ敵の闘士が立ち塞がるかもしれない。
だから、私は同志を探しているのです」
「…その候補が、俺って事か?…なら、何で闘う必要があるんだ?」
彼女の話しを聞いて、ますます訳が分からなくなった。…すると、彼女も不思議そうな顔をした。
「だって、こうした方がお互い何の為に闘っているかが分かるじゃないですか。
それに、これから共に闘っていくのなら互いの実力は把握していた方が良いでしょう?」
「……(…なんて、脳筋思考なんだ)」
彼女の理論に、俺は唖然とした。…そうこうしている内に、彼女の氣は全身から溢れ始める。
「(…はあ、闘士って皆こんな奴らなのか?…まあ何にせよ、闘るしかないか。…正直気は乗らないが、心強い同志を得る為には避けては通れない)…分かった。……はあああああっ」
「…おお、凄い氣の昂りですね。
では、始めるとしましょう」
俺は素早く氣を練り上げ、身を屈め駆け出す前のような構えを取る。それを見た彼女も、まるで飛び立つ前の鳥のような構えを取った。
「「『纏身』っ!」」
そして、俺達は同時に叫び氣装を身に纏いお互いに前に向かって駆け出した。
「『はあっ!』」
「『風遮』」
すると、程なくして相手は目の前に迫り俺は右手に氣を集め、大きな拳で彼女を攻撃する。…まあ、当然防がれるか。
しかし、彼女は瞬時に空色の壁を展開させ、容易く攻撃を防いだ。
「…っ!(…凄い壁だな)」
その壁は、とても薄く脆いように見える。だがいくら力んでも、拳は前に進まなかった。
「…っ(どんな仕掛けだ?)」
仕方ないので、俺は一旦距離を取る。そして今度は、両手両脚に氣を集める。
「『せーのっ!』」
直後、俺は先程以上の速さで彼女に迫る。当然彼女は、壁を維持したままだ。
「『…ならっ!』」
「…っ!」
なので、俺は直前で進路を右に変える。まあ直ぐに彼女は、そちらに壁を展開した。
「……っ」
勿論、それを想定していた俺は彼女の周りをぐるぐるとした。すると、彼女は後方と左にも壁を展開した。
「『ふんっ!』
それを確認した俺は、彼女の背後に迫り思い切り跳躍した。そして、地面に居る彼女を見下ろすと予想通り上に壁はなかった。
「…お見事っ!
-『風翔』」
すると、彼女はこちらを見て何故か嬉しそうに称賛した直後、瞬時に壁を消し翼を大きく広げて雷を回避した。…まあ、そう簡単には行かないよな。
「まさか、此処まで力を扱えるとは思っていませんでした」
「…どうやら、驚いてくれたみたいだな」
「…ええ。…そのお礼に、ほんの少しの間私の本気をお見せしましょう。
-あ、『動かないで』下さいね?」
「…っ!」
「…はああああ」
彼女は、満面の笑みで忠告し氣を更に練り上げていく。…そして、まるでそれに合わせるかのように風は吹き荒れ始めた。
「…(凄い)」
やがて、彼女の周りには風の渦が出来たの当人は、両手をこちらに向ける。…っ!
直後、渦巻く風は彼女の手の前に収束されまるで砲弾のような形になった。
「『風渦砲(ふうかほう)』」
「…っ!?」
直後、砲弾は彼女の手を離れ俺の頭上を通り過ぎた。…そして、風の砲弾はそのまま空の方に昇って行き、弾ける。
当然、少し後に強風が吹いて来た。…はあ、俺もいつかあんな事が出来るのかな?
「…おや、意外とショックは受けてないんですね」
俺は、自然と氣装を解除しつつそんな事を考える。…すると、彼女はこちらを少し意外そうに見ていた。
「そりゃ、俺はまだまだ『弱い』って分かっているからな。…んで、俺はお眼鏡にかなったかな?」
「…ええ、勿論です。
-貴方は、心優しい人だ。…私への攻撃もかなり気を配っていましたから。
そして、なによりも自分と相手の力量をきちんと計れる人だ。それは、力を持つ者にとって何よりも大切な事です」
「…そりゃどうも」
彼女の感想に、俺は少し照れてしまう。…なんか、朝子達に褒められるのとは違う感覚だ。
「…そんな貴方なら、直ぐに強くなれますよ」
「…本当か?」
「ええ。…ただ、やはりきちんと導いてくれる師匠を見つける必要があります」
「師匠か…。…君も、そんな人の元で強くなったのか」
「はい。まあ、私の場合は幸運な事に身近な存在でした」
「…そういえば、連中は君の事を『葛西の跡継ぎ』って言っていたな。
もしかして、君の実家は有名なのか?」
「私の実家は、戦乱の度に酉の闘士を輩出して来た武術道場なのです。…まあ、今の平和な世においては砦の街の一道場に過ぎませんが」
「……え?」
「…どうしました?」
「…なあ、もしかして君は白の都の出身だったりする?」
俺は、宿縁に驚きつつ彼女に聞いてみる。…すると、彼女は更にきょとんとした。
「…そうですよ?…えっと、もしかして私の故郷を訪ねるつもりだったんですか?」
「…ああ。…実は、故郷を出る前に学校の校長先生から助言を貰ったんだ」
「…なるほど。…まあ、私の故郷は色々と有名ですからね。
-でも、それなら話が早い」
すると、彼女はとても納得した。そして、ふと指笛を吹いた。
『ぴぃ~っ!』
直後、離れていた小鳥が戻って来て彼女の肩に止まる。
「まずは、木之本さんの持つ寅の力をある程度鍛え上げる必要があります。
その上で、貴方の師匠を探すのが良いと思います」
「俺も、この力を完璧に扱えるようにならないと思っていた。
ただ、その前にやらないといけない事がある」
「…え?」
「まずは、路銀を稼がないといけないな。それに仕事は今日が初日だ。
流石に、ちゃんと七日間やらないと気が済まない」
「…私とした事が、少し冷静さを欠いていましたね。
ならば、仕事が終わった翌日に此処を立つとしましょう」
「…悪いな。
-あ、それと俺の事は仁で良いよ。…多分同い年くらいだろし」
「…うん、分かったわ。じゃあ、私も桃歌で良いよ」
「ああ。
それじゃあ、当日の朝八時にこの高台で待ち合わせだな」
「了解。それじゃあ、お休み」
「お休み」
そして、彼女と分かれた俺は自分の宿に戻るのだった-。