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幕間『旅立ちの後』

 -私達が異変に気付いたのは、朝起きて直ぐだった。いつも、朝の仕事を進んで手伝ってくれる息子が今朝に限って全く起きてこないのだ。

 だから、私は直ぐに息子の部屋を確認すると既にもぬけの殻になっており、愕然としてしまった。

 けれど、私は何とか気を持ち直し村長に報告へ行った。当然、村長も村長のご家族も私達と同じくらい驚いてしまった。

 そして、直ぐに村の男衆によってまずは村の周辺を探した。…けれど、どれだけ探しても息子は見つからなかった。

 それから、捜索の範囲を広げると村で使う小舟小屋にて異変が見つかった。

「-…舟が一つ足りない」

「…まさか、港の方か?」

 私達捜索班は、困惑してしまった。…その辺りから、私はずっと胸騒ぎがしていた。

 そして、一旦村に戻ると…出入り口に沈痛な表情の妻が立っていた。

「…あなた、これ……」

「…っ!」

 私が直ぐに駆け寄ると、妻は涙声で紙を渡して来る。…その時、私は確信してしまった。



「……ああっ!」

「…そん、な……」

「…っ!まさか、仁の奴村を出て行ったというのか?」

 当然、妻は我慢出来ずに泣き崩れ私は愕然としてしまう。…すると、捜索班の者達も察したようだ。

 …それから後の事は、あまり覚えていない。ただ、昼頃になった時港にある学校の校長の使いの人がやって来た。

『-………』

 そして、彼が持って来た校長の手紙を村長の家で聞いた。…それを聞いた瞬間、私はとてつもない無力感に襲われた。

 何故、息子がそんな過酷な運命に巻き込まれたのか。何故、私は代わってやる事が出来ないのか。

 何故、私は息子に守って貰わなくていけない程に『弱い』のだろうか。

「…しっかりしないか。…確かに、とても悲しい事だがあの子は『有言実行』出来る子だ」

「…っ!」

 果てしなく落ち込んでいる私に、村長は使いの人が告げた言伝を再度口にする。

『-もしも、宿命を無事に乗り越える事が出来たら必ずこの村に…父さんと母さんが居る家に帰ります』

「…あっ」

「…ならば、我々はあの子が無事に宿命を乗り越えるのを信じ、前向きに生きて行く事ではないか?」

「……」

「…その通りだ」

「ああ」

「…そう、ですね」

 気付けば、私の心は晴れはじめていた。…そうだ。あの子には、強い『力』がある。

 そしてなにより、名前の通りの思いやりのある優しさのある子だ。…だからきっと、彼は多くの仲間や友を得るだろう。

「…問題は、彼の事を皆にどう伝えるかだ」

「…やはり、校長先生の手紙の内容を伏せるべきでは?」

 村長は私の様子を見て、その議題を出した。するとすぐに、村長の補佐役が提案を出す。

 確かに、校長殿の手紙は村の皆が混乱する恐れがあるな。


「…いや、それだと彼が『この村が嫌になり旅立った』と誤解されかねない。

 であれば、いっそのこと事実を隠さずに伝えるべきだ」

「…なるほど」

「…それなら、皆はむしろ彼を応援しますね」

 村長の提案を、皆は肯定した。当然、私も異論はない。

「では、決を取る。

 賛成の者」

 そして、村長は採決を取った。まず、賛成の意見を取ると…全員が挙手をした。

「…決まりだな。

 では、早速『台本』を作るとしよう」

「そちらはおまかせを」

 すると、村長は直ぐに指示を出し村の掲示板を担当している者が席を立った。

「後は、我々次第か」

「…ですね。皆にバレないように、真剣な顔を作るとしましょう」

 私も、しっかりと演技をしないとな。そして私達は、台本が出来るのを待ってから村長の家を出た-。



『-…なにかしら?』

『…祭りのやり直しが決まったのかな?』

 そして、太陽が南の空にて輝く頃村人達は広場に集められた。…まさか、これから衝撃的な事を知らされると知らずに彼らはのんびりとしていた。

「皆の者。忙しい所急に集まって貰ってすまないっ!」

『……』

 やがて、村長が大きな声で挨拶を始めた。すると、皆直ぐに静かになる。

「こうして、皆に集まって貰ったのは仁の事を伝える為だっ!」

『……っ!?』

『…仁ちゃん?』

『…そういえば、今日は見掛けてないね』

 すると、村の女性達や子供達はざわざわとしてしまう。…まあ、あの子は年のわりに背が大きいせいか目立つからな。居なくなれば、直ぐに気付くだろう。

「…実は、仁は昨日の内に村を旅立った」

『……。…ええっ!?』

 そして、村長は事実を述べる。…当然、皆少し理解が遅れてしまい驚愕するのに間があった。

『ど、どういう事ですかっ!?』

『あの子に何があったんですか!?』

 それから、女性陣は詰め寄らんとする勢いで村長に質問した。

「…そ、そんな。仁が?」

「…村を出たって?」

「「…どうして?」」

「………」

 一方、仁と仲が良かった子供達は衝撃を受けていた。…特に、お隣の朝子ちゃんは今にも泣き出しそうだった。



「落ち着きなさいっ!」

 すると、村長は皆を一喝した。…普段は温厚な方だが怒らせると本当に怖いのだ。

『…す、すみません』

『…お、お話の続きをお願いします』

「分かればよい」

 当然、女性陣は落ち着きを取り出した。…すると、村長は穏やかな表情になった。

「…皆も、昨日の祭りで起きた不可思議と恐ろしい襲撃の事は聞いているだろう」

『…っ!』

「…なんと、あの日の夜私は不思議な夢を見たのだ。

 -『宝珠に認めらた若者が世界を救う』…そんな夢だった」

『…っ!?』

『…宝珠って、洞窟に祀られてるアレ?』

『……』

 村長は話を続けるが…やはり、皆ひそひそと話し合う。まあ、突拍子もない事だから無理もない。


「…そして、なんたる偶然か仁が選ばれた。それ故彼は、意識を失った後強力な加護を得たのであろう」

『…っ!』

『…そ、そんな……』

『…でも、確かに合点が行きますね』

 村長がそう言うと、皆は驚いたり困惑したり納得したりしていた。…まあ、嘘は言っていないのだが少し罪悪感を抱いてしまう。

「…しかし、その時彼は『一刻も早く外の世界に出ないといけない』と感じたのだろう。

 だから、彼は文字通り飛び出すように村を出て行ったのだ」

『…っ!?』

『…そ、それは?』

 そして、村長は校長殿の手紙を出した。…その中には、こんな一文があった。

「校長殿は『-彼が偶然駆け付けてくれなければ、今頃私や港は悲惨な事になっていたでしょう』…と言っておられた。

 …分かっただろう?今、世界にはこのような恐ろしい連中が居るのだ。…そして、彼はとても残酷な事にこの連中と闘わなければならないのだ」

『……』

「「…仁」」

「「「…仁ちゃん」」」

 村長の言葉に、皆は何も言えなかったし息子の幼なじみ達は悲しそうな顔をした。…けれど村長は、穏やかな顔をした。

「…案ずる事はない。きっと彼は、一人で闘うのではなく心強い仲間と共に進んで行く筈だ」

『…っ!』

「…何故そう思うのか?

 -それは、彼が心優しい子だからだ。…だから彼は、これからの旅の中で多くの者を助けそしてその者達は、頼もしい味方になってくれる事だろう」

『…あ』

『…確かに、仁ちゃんなら困ってる人を放っておかないわね』

「…だから、必ず彼は己に課せられた宿命を乗り越えるだろう。

 そして、必ず彼はこの村に元気な姿で帰って来ると私は信じているっ!」

『…っ!』

 最後に、村長は力強くそう言った。すると、皆の顔に明るさが戻っていく。

「…では、これにて皆への報告は終わりだ」

『…っ』

 それを見た村長は解散を宣言し、皆はゆっくりと家に戻って行くのだった-。

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