-それから、河を下る事数時間。ようやく港の灯台の明かりが見えて来た。…怖いくらい順調だな。
そして、俺はいつも積み荷を下ろしている場所に舟を向かわせ、そこに舟を停めた。
「…っと」
そして、ロープでしっかりと固定し舟から降り港の方へ向かう。…とりあえず、朝まで港の住宅区画にある公園で時間を潰そう。
あそこは、区画の外れにあるから顔見知りとばったり出くわす事もないだろう。
俺は、そんな事を考えながら港の出入り口から倉庫区画に入って行く。
「……?」
そのまま港湾区画に向かう途中、ふと不審な事に遭遇した。…今まさに通過しようとしていた倉庫のドアが、どういう訳か開いているのだ。
勿論、まだ夜が明けていない頃から準備する業者は居ると聞いた事がある。…だが、確かこの辺りは使われなくなった物を入れておく倉庫しかなかった筈だ。まあ、だからこそ、俺はここを通っているのだが。
「…(…とりあえず、確認してみよう)」
無視する事も出来たが、何故か嫌な予感がしたのでそこに近付き聞き耳を立てた。……っ!?
「ひいっ!?」
直後、倉庫の中から鈍い音が聞こえ…悲痛な声が聞こえた。しかも、その声にはとても聞き覚えがあった。
「さぁて、喋る気になったかぁ?」
「…で、ですから、私は何も知りま、せん」
そして、粗暴で低い声が相手に質問するが相手の男性…学校の校長先生は、怯えながらそう返すしかなかった。…何で、校長先生が?
「…はあ~、その言葉は聞き飽きたぞ?
…このままじゃ、埒が開かないなぁ~」
すると、相手の男は苛立った様子でそう返し指をパチンと鳴らした。…直後、二人の周囲に複数の足音が聞こえた。
「とりあえず、もう何人か拐ってこい。…んで別の倉庫で、たっぷりと『もてなして』やれ」
「…なっ!?」
…嘘だろ。…てか、何なんだアイツ等?とりあえず、警備の人を呼んで来るしか。…っ!
「-っ!?誰だっ!」
そこから離れようとした時、不意に背後から呼ばれた。…しまった、巡回してたのかっ!
「…ああ、なんて良いタイミングだ」
俺は慌てるが、倉庫の中に居る男達は冷静だった。…いや、むしろ喜んでいるような反応をした。
「-行け」
『了解っ』
そして、男は部下に命令を出す。直後、部下達は返事と共にこちらに向かって走り出した。
「そこで何をしているっ!」
それと同時に、警備員も駆け寄って来た。…どうするっ!?此処で逃げれば、俺は助かるかも知れない。けれど、二人はあいつらにやられてしまうっ!…っ!?ま、まさかっ!?
刻一刻と危険な状況が迫るなか、不意にまた全身が熱くなり血の気が引いた。…あの時は運よく誰も傷付けなかったが、今度はどうなるか分からないっ!
『-ならば、我と契約せよ』
…っ!?……え?
最悪の状況が頭を過るなか、またしてもあの声が聞こえた。
すると、不思議な事に世界は全く動なくなる。
そして直後、俺はあの草原に立っていた。…おまけに、目の前には、大きな白い虎が佇んでいた。
『おかしな者だ。己よりも、他を案ずるとは』
「………」
虎は、こちらをじっと見ながらそんな事を言ってきた。…こいつが、俺に入り込んだ力の正体なのか?
『…どうしてこうも、我と共に歩む者は皆可笑しいのだろうな?』
けれど、そいつは俺の気持ちなんて知らないと言った様子で、本当に可笑しそうに笑う。
「…あんた、一体何者なんだ?」
『…そうか、最早-私達-は忘れさられようとしているのか』
気付けば、俺はそいつに向かってそんな事を口にしていた。…すると、そいつは少し落ち込んだように言った。
『…それよりも、今は-どうするか?-が先であろう?』
「…っ!」
けれど、そいつは俺の質問に答えず…現実を思い出させてくる。…くそっ、どうすれば良い?
『…だから、言っておろう。
-あの者達を守りたいならば、我と契約するのだ』
「……」
『…安心するが良い。我は既に主を認めた。故に、契約をしようぞ』
「…契約?…てか、認めたってどういう事だ?」
『…我は-星獣-。この星より生まれし、自然の力の一つ。
故に、我の力は容易く全てを壊す』
「…っ」
星獣の言葉に、俺は冷汗を流す。…やっぱり危険な力じゃないか。
『しかし、我と共に歩んで来た者達は皆この力を大切な者を守る為に振るった』
「……え?」
『…故に、お前も必ずこの力を守る為に使えるであろう。
-あの者達のように、可笑しなくらい優しき心をもったお前ならばな』
「……。…どうすれば良い?」
星獣から理由を聞いた俺は、覚悟を決めて方法を問う。…すると、星獣は目の前に座った。
『なに、簡単な事だ。
己が胸と我の頭に手を当てよ』
「…分かった」
俺は、言われた通りにした。…すると、直ぐに胸が熱くなった。…な、なんだ?
次の瞬間、頭の中に目の前にいる星獣の名前が分かった。…こいつは、『寅の星獣』というのか。
『…これで、契約は果たされた。
-さあ、行くがよい。我が-闘士-、仁よ』
すると、そいつは霧のように消えて行き草原は光に包まれた-。
○
-…っ!?
そして、光が収まると世界は元通りになっていた。…当然、『敵』と警備員と俺はかち合いそうなっている。
『-さあ、来るぞっ!まずは、足に-氣-を集めよっ!』
(…『氣』っ!?何だよそれっ!?)
すると、目の前にぼんやりと寅の姿が現れ意味の分からない言葉を告げる。けれど、直後身体の中心が熱くなるのを感じた。
『それが-氣-だ。氣は生命の力そのものであり我々星獣の力の源である。
さあ、後は頭の中で強く想像するだけだっ!』
(…んな事言われたってっ!…くそ、とにかくこいつの言う通りにやってみるしかないっ!)
俺は、言われた通り身体の中心にある氣を足へと移動する光景を強く想像をした。…すると不思議な事に、足が熱くなるのを感じた。
『そうだっ!やれば出来るではないかっ!
さあ、そのまま駆け出してみよっ!』
「…うわっ!?」
そして、俺は意を決して駆け出してみた。…直後、俺は凄い速さで前に進んでいた。
「…っ!頭っ!オマケがいましたっ!」
「そいつもだ」
次の瞬間、倉庫から出て来た筋肉質の大男が俺を見つけ纏め役に報告する。当然、纏め役は指示を変えなかった。
「了解っ!」
(…このままじゃ、ぶつかるっ!?)
『案ずるなっ!このまま、攻撃すれば良いっ!
さあ、次は拳に氣を集めよっ!』
俺は慌てるが、寅はお構い無しに指示を出してくる。…ああ、もうっ!
だから、俺は半ばやけくそになりながら拳に氣を集めた。
一方、部下の一人はその巨体に見合わない速さでこちらに近付いて来た。
『さあ、そのまま拳を前に付き出せっ!』
「…っ!
-はああああっ!
そして、互いの距離はほとんど無くなった瞬間に寅は指示を出した。だから、俺は思い切りそいつの腹を殴った。
「ぐべっ!?」
直後、男は情けない声を出しながら後方に吹き飛んだ。…マジか。
「…おい、どうした?」
「…あ、兄貴っ!?」
「て、てめえがっ!?」
そして、男はそのまま他の倉庫の壁にぶつかって…そのまま前に倒れ、ピクリとも動かなかった。…当然、纏め役は唖然とし他の連中は慌てたりこちらに怒りを向ける。
「この野郎っ!」
(…刀っ!?)
『そんな物に怯える必要はないっ!
さあ、此処からは少し-面白い技-を使ってみよぞっ!
拳を解き、-このように-してみろっ!そして氣を指先に集めるのだっ!』
そして、次の奴が俺に向かって刀を振り下ろして来た。…けれど、やはり寅は落ち着いており前足の爪を出した上で助言をくれた。
(…こう、かっ!?)
「…なっ!?」
次の瞬間、右手の指先から半透明で巨大な爪が飛び出したので、俺はそれを刀に向けて振ってみる。…すると鋼鉄の刀身は、まるで豆腐のように切り裂かれた。
「…嘘だろっ!『素手』で刀をっ!?」
「…っ(奴らには、『拳』が視えていない?)」
当然、刀だったモノを持っていた男は驚愕していた。…それを聞いた俺は、この力について少し考えてみる。
「…っ!…ははははっ、こいつは運が良い。
-まさか、『そっち』から来てくれるとは思わなかったぞっ!」
けれど、不意に纏め役が歓喜の声を上げた。…まさか、こいつら俺を狙って来たのか?
「-いい加減にしろっ!これ以上、此処での狼藉は見過ごせないっ!」
「はっ!だったら、止めてみなっ!」
「お前ごとき、簡単に潰せんだよっ!」
敵の目的を予想していると、すっかり存在を忘れていた警備員が双方に警告して来た。…しかし、纏め役は勿論部下達もまるで怯んだ様子はない。
「このぉっ!」
すると、すかさず警備員は手持ちのホイッスルを取り出した。…っ!
その時、上の方から嫌な気配と何かが飛んで来る音が聞こえたので、俺は瞬時に警備員の元に駆け出し左の方に軽めに突き飛ばす。
「うわっ!?……なっ!」
すると、直後俺と彼の間を矢のような物が通過した。…弓兵まで居るのか。
「はっはっはっ、良い耳してるなぁ」
そうこうしている内に、纏め役の巨漢が姿を現した。そいつは、どこまでも嬉しそうにしていた。
「……」
一方、警備員は完全に先程までの威勢を失っていた。…多分、矢に腕を貫かれるイメージを抱いたせいだろう。
「さあ、もっと見せてみろっ!」
「頭、やっちまえっ!」
勿論、纏め役は警備員に目もくれず俺に突進して来た。…すると、部下達は加勢せずに纏め役に声援を送った。
『さあ、躱してみせろっ!今のお前なら、どうすれば良いか分かる筈だっ!』
(ま、まさか?)
それと同時に、寅はそんな事を言った。…だから俺は、もしやと思い目に氣を集めた。
-直後、纏め役の動きがゆっくりになる。…こんな事まで、出来るのか。
『正解だ。…さあ、最後はお前の好きにやってみるのだっ!』
(…っ!)
すると、寅はそんな事を言うので俺は駆け出してみる。…しかし、全力で走り出したのにこちらもゆっくりだった。
やがて、時間を掛けて互いに接近し俺は奴の腹目掛けて拳を振るう。…今度は、鳩尾に狙いを定めて殴ってみた。
「あぎゃあっ!」
直後、時の流れは元に戻り纏め役は情けない声を上げながら後ろに吹き飛んで行った。
「…か、頭が負けた?」
「…う、嘘だっ!?」
「に、逃げるぞっ!」
「っ!……うっ」
『無理をするな。あれだけ氣を使ったのだから限界が来たのだ。
それに、見てみるが良い』
「賊を逃すなっ!」
『うわぁーっ!?』
寅がそう言うと、いつの間にか警備の人が沢山集まっていて戦意を失った敵達を次々と捕まえていくのだった-。