-ここは、世界の極東にある島国『東の国』。
その中の一つである山の島の奥地に、小さな村があった。
その名は『大河村』。ここが、俺…木之本仁の生まれ育った場所だ。
けれど、俺は物心ついた時からこの村での生活があまり好きではなかった。
だって、外の世界は大きく変わろとしているのにこの村はいつまでも昔の文化を大事にしている…いや、固執していると言って良いだろう。
だから、俺はいつかこの村を出ようと思っていた。…まさかその願いが、十五になって直ぐに叶うなんて夢にも思っていなかった-。
◯
-その日、いつもは穏やかな村は朝からとても活気に溢れていた。何せ、今日は春の訪れを祝う祭りの日なのだ。
しかも、今回は俺を含めた数人の十五になったばかり子供達が主役や支え役となるのだが…当事者である俺は、朝から気が滅入っていた。
けれど、前々から応援してくれている両親を含めた大人達や年下の子供達、そして俺とは違い真剣に取り組もうとしている幼なじみ達に気を遣い、俺は冷静な様子を装いつつ準備を整え村の広場に向かった。
「-あ、仁ちゃんっ!こんにちはっ!」
「こんにちは」
「仁にいちゃん、がんばってねっ!」
「ありがとう」
そして、広場に着くと既に集まっていた村の人達に応援された。なので、俺は笑顔で返していく。
「来たな、仁」
「待ってたよ」
すると、同性の幼なじみ達…友枝大と葉山透が近付いて来て声を掛けてくる。二人は、俺と違い心底やる気に満ちていた。
この二人は、昔から村の行事に常に全力で取り組み…そして、心から楽しんでいた。…それを俺は毎回疑問に思い、同時に羨ましく思った。
「ああ。今日は、お互いに頑張ろう」
だから、俺は今回もそんな事を思いながら笑顔で返し、当たり障りのない事を口にした。
「ああ」
「うんっ!」
「……。…あ、村長だ」
二人は、俺の言葉に笑顔で頷いた。するとちょうどその時、村長がやって来たので俺達は所定の位置に移動した。
「-それでは、祭事を始めるっ!」
『わぁぁぁぁ~っ!』
それから少しして、村長が大きな声で告げると、村の皆は歓声を上げた。…まあ、家族のよう祝ってくれるのは本当にありがたいけど、なんで『あんな事』をしなくちゃいけないんだ?
俺は嬉しくなるが、直ぐに気分は沈んでしまった。
何故なら、これから行われる祭事は少し面倒臭い内容なのだ。
「それでは、三人の代表に襷(たすき)をっ!」
「「「はいっ!」」」
そうこうしている内に、村長の後ろに控えてい綺麗な柄の着物を着た三人の少女が、俺達の前にやって来る。
彼女達も、また幼なじみであり…大の前には村で一番の子沢山な根元さんの家の恋が。
透の前には、その双子の妹である根元愛が。
そして、俺の前には隣に住んでいる土田朝子が立った。
「頑張ってね、仁」
「ああっ!」
「大、しっかりね」
「おうっ!」
「と、透ちゃん。ま、負けないで」
「ありがとうっ!」
すると、彼女達は俺を含めた主役達に応援の言葉を掛け黄色の襷を渡して来た。なので俺達も、力強い返事と共にそれを受け取り身に付ける。
「それでは、三人の代表は予め決めた道順で目的地を目指すようにっ!」
「「「はいっ!」」」
それが終わると、村長は祭事の約束事を口にしたので俺達は返事をした。…まあ、道順で差は出ないんだけどな。
「それでは、準備をっ!」
「「「はいっ!」」」
「出発っ!」
そして、俺達は出発地点にて構え…村長の合図で早足で歩き出した。…まあ、少しばかり人の手が入っているとはいえ山道で走るのは危ないからな。それに、かなりの距離があるから絶対途中でバテるから正直有難い。
『頑張れよ~っ!』
『頑張ってね~っ!』
俺達が出発すると、村の皆は声援を送ってくれた。その後、俺達はそれぞれの道に入って行く。
「-…っ」
それから、道中特に問題なく村の外れにある小さな洞窟に到着した。しかも、運が良い事に他の二人が来ている様子もない。
なので、俺は素早く中に入り…奥に祀られている宝珠の前に立った。
-この宝珠…というか、この洞窟は村が生まれる前から存在していたらしい。…っと。
つい余計な事を考えていたので、気持ちを切り替えて宝珠にお参りした。…良し、後は証拠を残すだけだ。
それが終わると、俺は証拠となる襷を宝珠の前に置き『①』と書かれた札を取る。……ん?
すると、どういう訳か宝珠が淡く発光をし始めた。…な、なんだ?
『-ああ、-また-か……』
「…っ!?」
突然の事に困惑していると…不意に何処かから重く低い声が聞こえたので、思わず振り返ったり辺りを見回した。
しかし、声の主は見つからず…俺は怖くなり洞窟から出ようとした。…だが、信じられない事に洞窟の入り口は消えていた。
「…なっ……。…うわっ!?」
更に、宝珠は素早く俺の前にやって来て…次の瞬間眩い輝きを放った。当然、俺は目を閉じてしまう。
「-……?………え?」
しかし、特に何も起きずに目を開けると…いつの間にか俺は果てなく広がる草原に居た。
「(何が、起きて?)…っ!?」
突然の事に混乱していると、宝珠はゆっくりと俺の身体に迫って来る。
「…っ!」
俺はまた逃げようとするが、何故か身体は言う事を聞かず…ついに、身体の中に宝珠が吸い込まれてしまった。
「…っ!?……あ、がっ、ああああっ!」
直後、急に目眩がし片膝をついてしまった。…更に、全身に激しい痛みが走り思わず悲鳴を上げた。
『…纒身』
「があああああっ!」
そんな時、またあの声が聞こえた気がした。…そして、声の主が何かを言った途端俺は激しい雄叫びを上げていた。
「…っ!……なっ!?」
けれど、不思議な事に先程感じていた痛みはいつの間にか消えていたが…ふと、俺は自分の身体に起きていた新たな異変に気付いた。
「…なんだ、これ?」
なんと、俺の手にはまるで手甲のように半透明の鋭い爪がついていたのだ。当然、足にも同じ物が備わっていた。
『-ついに、最後の一人が目覚めたか』
「…っ!?」
唖然としていると、最初の声とは違う威圧感のある声が聞こえた。…しかも、その声が聞こえた途端快晴の草原は瞬時に分厚い暗雲によって暗くなってしまう。
『これで、ようやく-始められる-』
「……」
新たな声は、とても嬉しそうに何かの始まりを告げた。…当然、俺は直ぐに『巻き込まれた』事を察してしまう。
『さあ、者共よ。共に、心行くまで-闘い-を愉しもうではないかっ!』
「……っ」
そして、新たな声は興奮しながらとても恐ろしい事を言った。…つまり、俺や『アレ』以外にも『敵』が居るという事だ。
「……っ!?」
冷や汗をダラダラと流していると、草原はどんどん暗くなっていく。…やがて、何も見えなくなってしまいそのまま俺は意識を失った。
◯
『-……いっ、………お…っ!』
「……う」
不意に、誰かの声と身体を揺さぶられる感覚がした。そのおかげで、俺はゆっくり意識を取り戻していく。
「…おいっ、仁っ!しっかりしろっ!」
「…あ、気付いたっ!」
「…う、あ……」
「…大丈夫かっ!?」
そして、いつの間にか洞窟の中で横になっていた俺はゆっくりと起き上がる。すると、大と透が心配そうな顔でこちらを見て来た。
「…ああ、大丈夫だ(…今のは、夢か?)」
とりあえず、二人を安心させる為なんとか笑顔を作って応える。…しかし、頭の中は先程の不思議な体験で一杯だった。
「…良かった」
「…どうしたんだ?」
すると、透はほっとして大は何が起きたかを聞いて来た。…なので、俺は-。
「…分からない。…此処に来た所までは覚えているんだが、その後の事は覚えてない」
「…はあ?」
「…マジか」
『嘘混じり』の説明に、二人は困惑してしまった。…多分、本当の事を話したところで信じて貰えないだろう。それに、話さなくても『恐ろしい事』になるのは目に見えてる。
「-大丈夫かっ!?」
「ああ、良かったっ!」
すると、今度は外から父さんと他の大人の声も聞こえた。…どうやらかなり時間が経っていたようだ。
「…あ、仁のお父さん」
「君達、どうしたんだ?…いつまで経っても戻らないから、心配してたんだよ?」
「…ごめん。…多分、俺のせいだね」
父さんは、心配しながら俺達に近付いて来た。なので、俺は直ぐに謝る。
「…どういう事だ?」
「えっと…-」
当然、父さんは怪訝な顔で聞いて来たので俺は先程と同じ内容を父さんや大人達に話した。
「…だ、大丈夫なのか?」
「…今のところは、大丈夫」
そして、話しが終わると父さんは心配した顔で確認して来た。勿論、俺は正直に答えた。
「…そうか。
とりあえず、村に帰ろう。…立てるか?」
「うん。…っと」
俺は頷き、ゆっくりと立ち上がる。…どうやら大丈夫みたいだ。
「では、帰るとしましょう。…あ、そうだ」
それを確認した村長の息子さんは、俺達に声を掛ける。…しかし、ふと彼は宝珠の元に立ち手を合わせる。
「お騒がせ致しました」
『…っ』
彼の言葉に、皆はっとして手を合わせた。…当然、宝珠は何の反応もなかった。
「さあ、行こう」
「「「はい」」」
そして、俺達は大人達の後について村へと戻り始める。…けど、まさか道中あんな事が起きるなんてこの時は誰も予想していなかった-。