学校の帰り道。
僕は凄いものに遭遇した。
「おう! 坊主、何見とんねん。見世物ちゃうぞっ!」
そう。
僕は出会ってしまったんだ。
――河童に。
夏休みが終わって学校が始まった次の日。
その日はとっても暑かった。
僕はちょっと川で遊んでいこうと思って、裏山に寄った。
裏山は小さな森があって、そこに川が流れている。
深さは僕の膝くらいしかなくて、遊ぶのにはちょうどよかった。
遊ぶって言っても、足を入れたり小魚を見るくらいだけど。
着いたら、さっそく靴と靴下を脱いで川に足を入れる。
やっぱり川の水は少し温かった。
まあ、学校のプールよりはちょっとだけ冷たいかなって感じ。
僕は冷たすぎるのは嫌だから、これくらいがちょうどいい。
足でバシャバシャと川の水を弾いて遊んでいた。
そしたら、川の真ん中くらいから、ザバーと何かが出てきた。
「いやー、かなわんわぁ。水、温くて」
体が緑色で黄色いクチバシがあって、手には水かきがある。
そして頭にはお皿が乗っていた。
「河童だ」
思わずそう言うと、河童がこっちを見た。
「おう! 坊主、何見とんねん。見世物ちゃうぞ」
何も言えないで固まっているとザブザブと河童がこっちに歩いてきた。
「カッパがそない珍しいんか? ああっ?」
「……」
「何とか言えや!」
「あ……あの、こ、こんにちは」
「え? あ、どうも」
ペコリと頭を下げると河童も同じように頭を下げた。
僕も河童も何も言わなかったから、川がサラサラと流れる音がしている。
「って、ちゃうわ! なんで挨拶やねん」
「ひっ! ごめんなさい」
河童が大きな声を出したから、僕はびっくりしてしまった。
そんな僕を見て、河童は嫌な笑顔をして肩を組んでくる。
「なあ、坊主。おっちゃんな。今月、ピンチやねん」
「……は、はあ」
「そんでな。少ーし、お小遣い貸して欲しいんやけど」
「で、でも……」
「グダグダ言うとらんで早よ出せや!」
「は、はい。ごめんなさい」
すぐにポケットの中に入っていたお金を出した。
そしたら、河童は首を傾げながら、僕の100円玉や10円玉をジッと見ている。
「……なんじゃい、こりゃ」
「ひっ! ごめんなさい」
やっぱり小銭じゃダメだったみたい。
仕方ないから、お財布から貯めていたお小遣いの千円札を出す。
漫画を買うつもりだったけど、河童に食べられるよりはマシだ。
「……誰がこんな紙切れ出せ、言うた」
「え?」
「お前、紙食えるんか! 食うてみぃ、こら!」
「た、食べれません。ごめんなさい」
「変なボケはいらんから、早よ出せ」
「えっと、何をですか?」
「これだから田舎者は……出せ、言うたらキュウリに決まってるやろ。常識やで」
「も、持ってません。……キュウリないです」
「持ってない!? ……一本もか?」
「はい」
「なんてこっちゃ。えらい貧乏なヤツ捕まえてしもうたがな」
「……ごめんなさい」
「まあ、ええわ。無いもんはしゃーないしな」
「……ほっ」
「じゃあ、盗って来いや」
「え?」
学校の裏には授業で使うビニールハウスがある。
僕も3年生の時にヘチマとかトマトとか、野菜を植えた。
今の3年生も野菜を植えているから、ビニールハウスの中には野菜がいっぱいある。
――でも。
「ない。インゲン豆とかトマトとかあるのに、キュウリがないよ……」
何回もビニールハウスの中を見たけど、見つからない。
キュウリは植えなかったんだろうか。
外からはカラスの鳴き声が聞こえてきいて、空も赤くなってきている。
河童には、早く持って来いって言われてるからそろそろ戻らないといけない。
「あー、もう! こうなったら!」
僕は近くにあった野菜をもぎ取ってから、ビニールハウスを出て、河童のところへ走った。
「すいません。お待たせしました」
「遅いで!」
「これ、持ってきました」
僕はさっそく取ってきた野菜を河童に出した。
河童は腕組をしながら、僕の手の上にある野菜をジーッと見つめている。
「……なんやねん。これ?」
「キュウリです」
「嘘付けや!」
「ホントです! しっ、新種なんです」
「これが……か? 太いし色もちゃうぞ」
「新種ですから」
「ふーん……」
河童は僕の手から野菜を手に取って、ジロジロと観察している。
「これ食ったら、体、青くなったりせえへんか?」
「美味しいですよ」
「……ほんまか。で、この一本だけか?」
「え、えっと、貴重だから」
「ちっ、使えんヤツやのう。ま、ええわ。じゃ、さっそく」
「ああ、待って」
野菜を口に運ぼうとした河童を慌てて止める。
「あん? なんやねん」
「えっと、家で食べた方がいいですよ」
「なんでや?」
「家で、ゆっくり食べると美味しいです」
「そやな。じゃ、帰るわ。ほな」
河童はそう言うと、僕の膝までしかないはずの川の中へと潜っていった。
「ふう。何とか誤魔化せた……」
思わず、その場に座り込む。
僕はこれで終わったと思ったんだ。
……でも、それは違っていた。
河童に会った次の月曜日。
家に帰ろうと歩いていたら、電柱の後ろから何かが出てきた。
河童だった。
「ひゃあっ!」
どうしよう。
僕が嘘ついたことを怒ってやってきたんだろうか?
今度こそ食べられちゃう。
「いやー、坊ちゃん。随分と探したで」
河童は水かきがついた手をすり合わせながらペコペコと頭を下げてきた。
「あの時は、ホンマ、すいません」
「え?」
「実はな、お願いがあるんやけど」
「な、なんですか?」
「あ、あの、また、この前の新種のキュウリを分けてくれへんやろうか?」
モジモジと両手の指をすり合わせながら、チラチラと僕の方を見てくる河童。
「え、あ、それはいいですけど……」
「ホンマか? やったで!」
嬉しそうに両手をあげて、ピョンピョンと飛び跳ねながら喜ぶ河童。
うーん。
これからは、かっぱ巻きの中身はナスになるのかなあ。
終わり。