ピンポーン。
朝の八時に鳴ったのは、インターホンの音だった。
私はその音で起床し、ぐぐぐと布団の中で背筋を伸ばしながら、「はーい」とだけ声を張ってみせ、足早に服をみっともない物から着替え、ドアを開けた。
朝日が眩しくて、セミの声が空を埋め尽くしていた。
二〇二四年 七月二十六日。
つい最近、夏がやってきたようで、少し前から家の中では扇風機を回さなければ存分に死にかけたくらいだった。
扉を開けた瞬間、その熱波が風に乗って私の全身に触れてきて、「あっつ」と小さく呟いた。
そして、ドアを開けた先に立っていたのは、こんな夏なのにスーツに厚い黒上着をきた男性であった。暑いというのに、帽子までつけていて、朝日の逆光によって、顔がよく見えなかった。
でも私は、その人が誰かを知っていた。
「あ、終わったんです?」
そういうと、男は軽く頷いた。
「よかったー!」
なんて言いながら、私は意味もなくその場にへたり込んだ。そして何故かぷるぷるとする腕を胸にかざし、零した涙を男へ向けて。
「家から出れないって中々辛いんですね! まあ暇つぶしのアイテムもありましたから、わりと楽ではあったんですが」
なんてはにかみながら言う。男はそれを見届けて、何も動じず、何も言わずに、紙を差し出してきた。
そこには私が書いた契約書があって、でも新たにその完了日がしっかり記載されていて、その横に小さく『氏名と印鑑』と書かれていた。
「あ、ペンと印鑑持ってきます」
私は家の奥へ戻って、筆箱からペンを取り出した。そして足早に、開きっぱの玄関先が見える廊下を走る。
奥には影を作る黒服さんが居て、私は軽い全身で、その黒服へと走った。
廊下がやけに長く感じたが、
私はそれでも止まらずに開いたドアへ向かった。
完。