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7 ウルさいです



 ノックノックノック。

 朝の十時に鳴ったのは、きっとそんな音だったと思う。


 最近寝室に入れなくなってから、ソファで眠っていたのですが、そのせいかとても寝つきが悪く、リビングで毛布に巻かれながら悶々としていたのですが、そんな時に、それはやってきました。


 私はクマを付けた目を擦り、ソファから立ち上がて、インターホンへ向かうと。

 そこに写っていたのは、また本物の『お隣さん』でした。

 また少し、ああ、人に会えた。という感動を一瞬覚えたけど、すぐこの写っている人は私の知っている『お隣さん』であるのか疑い、疲弊を感じながらも、インターホンを押しました。


「こんにちは、今日はどうされたんですか」

『お久しぶりです。最近調子はどうでしょう?』


 なんて普通の顔をして、私を心配するような素振りを演じていた。


「まだ体調は芳しくはないです。なので、今日も、長くお話はできません。失礼します」

『いえ! 少しお待ちください!』


 私は靄が掛かったような意識の中、その『お隣さん』の静止を振り切ってインターホンの通知を切ろうとした。でも、どうやらまだ相手は満足していない様で、『通信を切断することはできなかった』。


「…………」

『実は、体調が悪いなか、申し訳ないのですが』


 と、私の事は構いなしの様子であったが、その態度は何か言いにくい事をいうような、歯切れが悪いような仕草を感じた。


『最近、このお家から物音が酷くて困っているんです。もう少しだけ、お静かには出来ないでしょうか?』


 その言葉に私は身に覚えがなかった。


「ええっと……」


 何か反論を言おうとして、止まった。それは間違いなく、あの恐怖心のせいであった。

 もうそろそろ、掟を言い訳に何かを言えたあの時期とは、違った。


『それだけです』


 私はそんなに音は出していない。ここ最近、睡眠すらまともに出来ていないし、テレビも見る元気がなくなっていたから、そもそもテレビをつけていない。だから、そういう騒音もないはずなのだ。でも彼がいうには、私の部屋はうるさいという。

 分かっている。これは口実だ。

 私の恐怖心を揺さぶって、この家から一歩でも出そうとしているんだ。『彼ら』はずっとそれだけを狙って行動している。だから、こんな脅しに屈しない。


「…………」


 でもなんて答えればいいか分からなくなった。

 否定すればいいのか? でもそれだと話しは早急に終わらせられない。このインターホンで話す時間は可能な限り短くしなければならないのだ。でも、適当に肯定だけ飛ばしても、それはもしかして、恐怖演出の始まりのスイッチなのかもしれない。最近、よく脳裏によぎってくるあの顔も、そろそろ忘れて生活したいというのに、本当に、いい迷惑だというのに。


「……そうですね。可能な限り気を付けて生活します。ご迷惑をおかけしました」


 私がそう謝ると、『お隣さん』はそのまま玄関先から居なくなった。


「…………」


 一連の会話を終え、私はのろのろとソファに戻る。

 でも、今の一件で眠気がなくなっていたので、仕方なく重い体を起こし、キッチンへ向かって、蛇口を捻った。

 出て来た冷水で洗顔し、冷蔵庫に『増えていた』野菜を取り出し、また『増えていた』お肉を取り出して、何か軽食でも食べながら、今日の夜ご飯の下準備だけでもしてしまおうかなと思い、野菜を水洗いし、まな板に置いた瞬間。




 ノックノックノック。




 ……え?

 二度目のノックが、部屋に響いた。


 私は包丁をまな板において、インターホンへ向かうと、画面の中ではさっきの『お隣さん』が立っていて、それも少し周りを見回しているというか、ああ、多動な感じというか、落ち着きがない様子だった。とにもかくにも、私はインターホンのボタンを押すと。


『すみません、うるさいです』

「……は?」

『うるさいです』

「いや、なんにもしてないですけど……?」

『まな板置くと響くんですよ。やめてくださいね』


 それだけ言い、彼は私の言葉を待たずにどこかへ消えた。


「…………」


 うるさくはなかった筈だ。

 でも、彼はうるさいと、近所迷惑だとクレームを入れてきた。それも明らかに不機嫌な態度で、語彙を強めて言ってきた。


 私は理解した。これが『彼ら』の詰め方なんだと。


「……私を、壊すつもりなのね」


 その日から一日5回以上は『お隣さん』の訪問が来るようになった。


 その頃にはもう、寝ている時でも構わず文句を言いに来るようになったので、私はどんどんと身体的にも精神的にも弱っていった。寝ていてもノックで起こされ、そして怒られる。それもそのノック音を無視してはいけないという掟があったから、行きたくなくても、体の恐怖が作用して、私はその応対を余儀なくされた。


「…………」


 私はこんな仕事を始めてしまった事を、大いに後悔した。


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