ノックノックノック。
お昼の十三時に鳴ったのは、きっとそんな音だったと思う。
私はまだ寝ていたのだが、どうやら寝つきが悪いのを『彼ら』は感じ取ったらしく、しこしこと今日もやってきたようであった。ので、とても不機嫌になりながらも布団から飛び出し、ため息を何度かぼやきながら、インターホンへ向かった。
そして、ため息から誘発されたとみられる大きなあくびをかいてから、急いでインターホンのボタンを押した。
「……おはようございます」
押してから気が付いた。
その画面には誰もいない。と。
「…………」
『お昼の十三時、おはようございますの時間ではないのですがね』
「え」
『おや?』
確かに画面には誰も写っていなかった。だが、音質の悪い男の声が、確かにインターホンから流れていたのだ。私が目を擦り、どれだけ画面を覗こうとも、その存在を見る事は、はっきりと叶わず。だが、そんな事をまるで知らないように、その声は続けてみせる。
『いえ、どうやらあなた、多少生活習慣がおかしいのではありませんか?』
「……用件はなんでしょう?」
見えない相手に対して、私はこうなると、素直にコンタクトを取るしかなかった。だって、応対しなければ、それは重大なルール違反となってしまうから、という大層な理由が必要だったのかもしれないけど、それはいわゆる後付けの理由で、本当は、寝起き故の考え不足が真相であった。
『いえいえ、いえ、大したことではありません。とはいえ、もし事が進めば、大したことになるかもしれません』
言っている意味が分からない。と率直な意見が脳裏をかすめた。
「意味がわかりません。用事があるので、そろそろいいでしょうか?」
とりあえず私はその定型文を口走った。するとインターホンの奥から、また音質の悪い声で「へへ」と甲高く笑ってみせて。
『実は、私この家のとある部屋に忘れ物をしてしまいまして。確かそれは、『寝室』であると思うのですが、そちらに私の忘れ物がないか、確認してはもらえないでしょうか』
言葉を聞いて、今まで通り機械的に断ろうと口を少し開けてから、
「…………」
その、口から発せられる言葉に、いきなりストッパーが掛かってしまった。
それは、寝室に行くことへの否定をするという。ただ簡単な選択肢を前に、私は、初めて、ここまで苦しんでいた。
なぜ。
自分でも自らに問う。しかし、どれだけその選択肢を選ぼうとしても、何故か私という人間はそれを選ぶことが出来なかった。その頃にはもう眠気が消し飛んでいて、脳がありありと活性化していき、一時の全能感に似た感覚が、目の前を支配した。
「…………」
『…………』
もし寝室に忘れ物があるとして、その先に、何が待っているのだろうか。
思い出してみると、そう、今までの『彼ら』の行為はまだこの家の中まで侵食してはいなかった。だが、現に今、『彼ら』は【寝室】を舞台として選んできている。
その意味を、私は無意識に理解していたのだ。
思い出してみて。家の中に侵食して来た事は一度たりとも、本当になかったのか? 否。ドラマのキャストが消えたり、投函口から『彼ら』はこちらを覗く事は出来ていた。だから、もしかしたら、最悪の、場合。
寝室に行くと何かがある?
「…………」
そう。私はもう。恐怖という病に罹っていたのだ。
これまで起こって来た全ての怪異が、この結末を誘発しているのはすぐわかった。
私の生活に入り込み、破壊し、そして嘲笑っている『彼ら』は、ずっとこうなることを計画していたに違いない。ずっと、無意味に怖がらせてきたわけではなかったのだ。それは、もっと、直接的な行為に及ぶための、布石に過ぎなくて、だから、
『…………おや』
インターホン越しに、『彼ら』は言葉を零す。
そして、一つの間を置いてから。
『あなた、恐怖していますね?』
その言葉を聞いた瞬間、脳裏に、丸が三つ並んで出来た顔が、浮かび上がって来た。
そうして『彼ら』は嬉しそうに、今日は帰った。
眼 眼
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