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4 イワ感がない



 ノックノックノック。

 早朝の六時に鳴ったのは、きっとそんな音だったと思う。

 私はそろそろ眠気に駆られており、寝る前のお風呂を済ませようとしていたのですが、それも叶わず『彼ら』はやってきたようで、急いでタオルを裸体に巻いて走りだす。そうしてレイの場所までやってきて。体感的にあまりに待たせてしまった気がしたので、今回はもう、息を整える暇もなく、インターホンのボタンを押した。


「お、おはようございます」

『すみません、こんな朝早くに』


 違和感が、なかった。私がいつも開口一番に感じている違和感が、今日にかぎってまるで感じなくて、疑問にも思ったが、息を切らしていたので、さほど考える間もなく。


「ご用件はなんでしょうか?」

『回覧板を渡しにやってきたのですが、受け取ってはもらえませんか?』

「……」


 その違和感の正体に私は驚きを隠せなかった。やっと息を整えて、片目で画面を覗いて、そこに居た彼を見て震撼した。彼は、私が知っている本当の『お隣さん』であったのだ。


 過去、回覧板を私にもってきたことがあって、その時の事はよく記憶に残っている。そう、あれはまだこんな仕事を引き受ける前だった。嗚呼、久しぶりに、本当の人間と出会えた。なんて安堵したが、すぐにいやいやと思考が回る。


 彼は『このインターホン』に写っている。


「ご、ごめんなさい。久しぶりに顔を見れて嬉しいですが、回覧板を直接受け取りにはいけないので、ドアのポストに入れておいてくれませんか?」

『あら、もしかして体調が悪いときに来てしまいましたか?』

「ええ、そういう事情で問題ないので、もし本当に回覧板があるなら、ポストへお願いします」


 本当に、という言葉をついに使ってしまったが、その男はまるで普通の表情をしていた。まさか、本当の本当に彼は人間なのではないだろうか。という希望が、という、という一つまみの妄想が頭の片隅に浮かび上がって離れない。確かに、今までの『彼ら』とはどこか違う。どこはかとない気持ち悪さやら、不快感やら、感じないのだ。


 でも、私は、この仕事を引き受けてしまった以上。このインターホンにやってくる人にドアを開けてはならないのだ。

 願い、そして懇願した。して、前を見ると。


『わかりました』


 案外普通そうな彼が、そう言った。そして目を細め愛想笑いを張り付けてから「もし体調悪くて辛いなら、頼まれれば買い物くらい行きますのでお声がけを」と気遣いの言葉をかけて、

 ノック。

 回覧板がドアのポストに投函された音がした。


「……」


 少しノック音に聞こえてしまって怖かった。まだ耳の奥に、あれがこびりついて離れていないので。でもすぐ、玄関に続く廊下を覗いて、それは回覧板が投函された音であると理解して、もう一度胸を撫でおろす。


 私は安堵しながら廊下をゆっくり、見張るように歩いて、ドアに近づき、投函口を開こうとした。そういえば、この投函口を開いた瞬間に、投函するあの穴から誰かが覗いているというのは、よくあるホラー映画演出の常套手段だと覚えていたから、決して、そちらを見ないように、その青色の回覧板を取り出そうと奮闘し、結果、叶った。


 私はその何と変哲もない回覧板をみて、とても安心した。そして開いた。


 絶句した。


 黄ばんだ用紙に何度も刻むように円が二つ描かれてて、それでいて小さい梅干しが一つ、真ん中にぽつんと置かれていた。それを俯瞰して離れて見つめると、悪寒が走るくらいの、赤い顔が現れた。

 勢いよく回覧板をドアに投げ捨てると、投函口の穴から、ため息が聞こえた。


 もし回覧板を取る時に投函口を覗いていたら、どうなっていたのだろうか。

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