ノックノックノック。
深夜の一時に鳴ったのは、きっとそんな音だったと思う。
私は見ていたドラマを止め、ポップコーンを机に置き、寝巻のままレイの場所に行った。そして、ノイズが走っている画面を覗く。
そこにはついさっき、ドラマで見ていた主演のイケメン俳優が、今まさに玄関先に立っていた。
『こんにちは』
「……こんばんは」
『ええっと、その。今日のロケこの部屋だって聞いたんですけど』
「いえ、間違えていらっしゃいます」
イケメン俳優は爽やかな声で「困ったな」とあざとくいう。
私はその様子を、ついさっきテレビで見ていたせいでもあるが、ついついその場面が安易に蘇ってくる程度に、それは似ていた。彼は困ったな、と言ってから、とても恥ずかしそうに赤を顔に浮かべて。
『そうだったんですね』
なんて仰った。
眼 眼
・
「ここは普通に私が暮らしている部屋ですので、ここがドラマのロケの現場であることはありませんよ。ささ、お帰りくださいな」
ツイている。そう思った。どうやら前回のようにしつこくはないらしい。しめた! と心の中で私はガッツポーズをしてみせる。と思っていた矢先、私が歓喜のあまり天を見上げ噛みしめていると、「あの」と男が言い出した。それで私は、「どうされましたか?」と言ってから、「そろそろ用事がありますので、このあたりで失礼したいのですが」というてみる。
しかし、彼はそう言われても、その怪訝そうな顔を変えはしなかった。そう、いつのまにかイケメン俳優は、怪訝そうな顔をしていたのである。
『いえ、少し、つかぬ事お聞きしても?』
「え、はい」
『どうしてドラマだと思ったのですか?』
「え?」
だって、ついさっき自分で「今日のロケ」とおっしゃったではありませんか。と冗談めかしく笑ってやろうとしたがすぐやめて、それに気が付いた。思えば彼は一度も、『ドラマ』とは言っては、いなかったのだ。
「あ、ああ」
と、狼狽えると。彼は私を画面越しで睨んできた。もちろん、あちら側にモニターはないので、相手はカメラをじっとみているという事になる。ただし、そのカメラを睨む様というのが、何だか背筋をぬるく撫でるような気持ち悪さを有していて、はなはだ不愉快だと感じた。
それで、もう一そ、話してしまってもいいのではないかと思いはしたが。しかし、この仕事の掟のうちの一つに、『彼ら』との会話は極力減らす。というのがあった気もしてきたので、私はその怪訝そうな睨み顔に対し、唾を吐くような気持ちで食いかかった。
「いえ、たまたまドラマを思いついただけで他意はありませんとも。そろそろいいでしょ?」
私は早々と切りあげたくて、その意図を諭させようと言葉を選んでみると、案外すんなりと、怪訝そうなお顔をお変えになって。
『そうでしたか。はて、どうやら僕の杞憂のようでしたね。すみません』
と気さくに謝ってくれた。彼のそのきらきらとしたご尊顔でそう言われてしまうと、きっと世の女はイチコロであると私はその時思いながら、そうしてインターホンの通信を切ろうと腕を伸ばすと。
『それで、映画の撮影でしたっけ。まあ、せいぜい、ドラマでも楽しんでね、ファンガール』
なんてウインクを披露して、そそくさと彼はインターホンの画面から消えおおせた。その日、私は勝ったのだ。恐怖に屈することなく、淡々と、粛々と仕事をこなせたことに、これほどの喜びを抱えて大きく笑い、そうして寝巻のままソファへ戻って、ドラマをもう一度再生した。
「――――」
その時から、何故かドラマの画面にそのイケメン俳優が写らなくなっていた。
他のキャストとは会話をしているようなのに、何故か私の画面には、その存在が、透明人間のように、全く写っていなかったのであった。
どうしてだろ、なんてポップコーンを口に放り投げていると。
赤く充血し、比率がおかしくなった眼をしたイケメン俳優が、カーテンの隙間からこちらをじろりと覗いていた。
いったい、いつから、あの存在はあの場所にいたのであろうか。
その日から、私はドラマを見られなくなった。