ノックノックノック。
深夜の四時に鳴ったのは、きっとそんな音だったと思う。
私はすぐ腰を上げて、ブルーライトに照らされた部屋から飛び出し、足早に準備だけをすませてレイの場所へと向かった。真っ白い壁に灯る青い光の中では『一人の男性』が写っていて、私は一先ず呼吸を整えてから。そうして、インターホンを押す。
「こんばんは」
『あ、ああ。こんにちは』
「……どういったご用件で?」
『いや、その、隣のものなんだ』
男性の声は少し疲れている様な震え方をしていた。そうして、その方はぽりぽりと頬を人差し指で掻き、髭を少しつまむように触って見せる。どうやら『隣のもの』で用件を説明したつもりのようだった。
「それで、ご用件は?」
『……ああ。こんにちは』
「こんばんは」
『いや、あのな? 隣のものなんだ』
「ええ、そうですか。それでご用件は?」
私がそうしつこく、問いただすようにいうと、彼は難しそうに顔を顰めてみせる。そんな顔をされても、こちらとしては仕様がないというのに。
すると彼は口を大きく開け、次の瞬間、声を明らかに荒げた。おおよそ、深夜四時に出していい声量ではない大声が、マンションに響き渡るのを、肌で想う。
『だから! 隣の人間なんだ。いいから中に入れてくれ』
「……それは出来ません」
『どうしてだ?』
「……それは言えません」
私はその男性の強気な物言いに狼狽えそうになったが、そこは持ち前の勇気に手助けしてもらい、震え声ながらもそう突き放す事にした。それでそういうと、その男性は大袈裟なため息をついてみせて、「あのな」と続けた。
『俺はお前の為に、言っているんだ。今すぐドアを開けてしまいなさいな』
「……それは出来ません」
『出来ない言えない。お前はどうしてそう使えないんだ?』
「……」
『ソレ、人として、どうなんだよ』
ついに人格否定が飛んでくる。そんな男の言葉に、私は恐れおののく。
でも、これが仕事だから、私は固唾をごくりと飲み込んで、飲み干して、震える腕を必死に堪えながら、また突き放すという選択肢を選んだ。
「何を言われようと、何を思おうと勝手ですが。私には、ドアを開けるという事が、出来ないのです」
『なぜ』
私がいうと、男は食い気味にそう呟いた。
「言えません。そして、出来ません」
『なぜ?』
「……だから、」
『なぜ? なぜであろう』
「ですから……!」
『いうて、言わせてもらおうか。お前のその物言いが、やけに気に食わねえ。俺はトナリノモノであると何度、幾度説明すればナッ得するかア? お前のその、裸手門ドとカナ仮名ハ芽に賜りし、しししししっしししし。いえて、思わんか。お前の、死ね、その態度が、気にくわない嫌いだ。考えろろろろろろろろろろろ。開けろ、開けろ。空けろ、亜けロ。阿家露、蛙毛炉、啞卦櫓、緋ヶ蘆、亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気眼目眼艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気眼目眼蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華口口口口華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓華櫓亜家魯阿気櫓蛙祁艪ア華櫓。あけろ』
「……無理です」
言い切る。私はそれを、ことごとく、一切を、許さないと言わんばかりの、確固たる意志を胸に宿し、云う。ぐっと腕を握っていて、歯が勝手に浮いているような不安が私の全てを飲み込んでいる。嗚呼、これは夢だ。夢であるに違いない。きっと何かバツの悪い夢なんだ。私が見ているこの世界は、この男は、この場所は、全て、総じて、夢であるに違いない。っと、思いたくて思いたくて、でもそれは悲しか、私は全てが現実であると知っていた。
「……」
目を開くと、既に玄関先にあの男は居なくなっていた。
「……ふう」
安堵感に包まれ、気持ちがへたり込んだ。
壁に細い手をついて頭を下にし俯くと、滴り落ちた汗が地面を叩いてみせた、それをみてやっと、私は冷や汗をかいたような感覚が走った。ぶるぶると寒気が背中にべっとりと付着して、身震いが止まらなく、息を整えて整えて、落ち着け落ち着けと頭で祈るばかり。私は暗いその部屋で、そのレイの場所で、数分ばかり苦しんでいた。
やっとの思いで体を起こして、両目を閉じながら胸に手をあてる。心臓の鼓動も落ち着いてきて、空気をしっかりと吸って吐いていた。私はやっと、落ち着くことが出来た。
瞳を開いた。
「――――」
人間のものと思えないほど大きく、異常なほど充血した瞳が、カメラを覗いていた。
私は心臓を鷲掴みにされたような錯覚をして、
インターホンを叩いて通信を切った。
眼 眼
・