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自販機の神様
おてー
文芸・その他ショートショート
2024年09月29日
公開日
1,579字
完結
 家から50メートルほど離れた角に、当たり付きの自販機と当たり付きではない自販機が並んでいる。当たり付きの方は黄色い自販機で、そうではない方は青色の自販機…。

自販機の神様

 家から50メートルほど離れた角に、当たり付きの自販機と当たり付きではない自販機が並んでいる。当たり付きの方は黄色い自販機で、そうではない方は青色の自販機。メーカーの違いかラインナップの違いか。黄色い自販機ではほとんど買ったことがない。


 冬の早朝、いつも通りにブラックコーヒーを飲もうと青い自販機に硬貨を入れかけた。

「あの……」硬貨投入口から声のした方に目を向ける。「ブラックならこちらにもありますよ」と黄色いワンピースを着た女性が声をかけてきた。「私は自販機の神様です。できれば黄色い方でコーヒーを買っていただきたいのです」と。


 変な神様だなと思いつつ「飲みたいのは青い方のコーヒーなんです」と断る。

「あなたは運が良いんですよ。私なら奇跡を起こすことができます」「ほう、どんな?」「二連続で当たりを引くことができるのです」なんだかちゃちな奇跡だ。


 私の顔色を見てかみさまはすかさずこう言った。

「期待外れではありません、景品表示法で定められてる当たりの確率は2%以下です」「それは豆知識」「ですから当たりを2連続で引く確率は最高でも2500分の1の確率なんです。私にはその確率を起こす力があるのです……ですが」と急に歯切れが悪くなる。

「来月には別の機種がこの場所に来てしまうのです。隣にある神のいない自販機に売り上げが負けているという理由で」

「後生です、お願いです、今日は黄色い方の自販機でコーヒーを買ってください」とペコペコとお辞儀をする神様。

「仕方ないですね、今日だけですよ」と、黄色い方の自販機に硬貨を入れる。神様は小躍りをし大きく頷きながらぼくの方を見ていた。買いにくいなと思いつつブラックコーヒーのボタンを押し取り出し口に手を伸ばす。


「冷たっ」出てきたブラックコーヒーはキンキンに冷えていた。押したボタンをよくよく見ると「つめたーい」の文字。青い自販機のブラックコーヒーのボタンには「あったかーい」の文字。もちろん、飲みたかったのは暖かいコーヒーなのに。さらにルーレットは「あたり」を示している。自分のミスながらも、冷たいコーヒーを手にした自分が腹立たしい。

「さぁ早く、30秒以内に次の商品を選んでくださいね」と無邪気に喜ぶ神様。暖かい飲み物を探してみるも黄色の自販機はすべて冷たいものばかり。どれにしようか悩んでいるうちに30秒が過ぎてしまった。当選のランプは消えてしまい、販売中のランプが点灯する。


「ああ、なんて欲のない方なんでしょう」「欲はありますけどね、なんでこの時期に暖かい飲料を入れてないんですか」

「えっ……」と驚いた顔をする神様。

「もう一つ何か買ってくださいませんか、2500分の1の奇跡をお見せしますので」さらにペコペコとお辞儀をする神様。

「やめてください、冷たいもの2本も抱えてどうさせるつもりなんですか、それに本来なら3本になってるはずですよ」「奇跡を信じてください!」奇跡では無くて暖かい飲み物が欲しい。

「来週にはきっと切り替えるように申し伝えておきますので」「それ、神様じゃなくてもここに電話すれば善処してもらえるんじゃないんですか」と自販機の苦情窓口のラベルシールを指さす。

「申し訳ありません、次回までにはご期待に添えるようにいたします」と最後までペコペコと

お辞儀をする神様。なんだかこちらが悪いことをしたような釈然としない気持ちでその場を後にした。


 そして1週間後、黄色い自販機のラインナップを見てみたがどこを探しても「あったかーい」の文字はなかった。さらに1か月後には赤い自販機が黄色い自販機の後釜に設置されていた。


 いつも通り青い自販機でブラックコーヒーを買うと、赤いワンピースを着た女性が後ろで微笑んでいた。

「私、後任の神様です。私には3連続であたりを起こす確率が……」


 赤い自販機にも冷たい飲料が並んでいて、暖かいものは一つもなかったのである。

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