ケプカはサーシャと、ラケルはハデスとそれぞれ向かい合う。ちょうど礼拝堂の扉の近くと一番奥とで戦いが始まる形となった。
◇◆◇
「小さいの! 後悔するなよ!」
ケプカがサーシャに向かって炎を数発投げ飛ばす。しかしそれは彼女に当たることなく目の前で消滅する。あらかじめ張られていた魔法の障壁が彼女を包み、攻撃を防いでいた。
「ちっ、これならどうだ!」
続いてケプカが巨大な氷の塊を、竜巻を、そして再び炎を連続で繰り出すが、全て結果は変わらない。サーシャは涼しい顔をして立っているだけだった。
「どうした、もう終わりか?」
サーシャが余裕の表情を見せて言う。
ケプカは魔法の連発がたたって肩で息をしていながらも、その目は赤く輝きサーシャに憎しみが向けられていた。くそっ、くそっ、くそっ! 今のは結構本気を出したのに、なんでこいつには効かねぇんだ! あぁ苛つくぜ……リースの街で戦ったあいつと同じくらい苛つく!
「なら、こちらからいくぞ!」
サーシャが掌をケプカの方に向ける。ケプカが魔法の障壁を張ろうと手を広げ……ようとする前に、光の束が彼を貫いた。胴体が全てもっていかれて、四肢と頭だけが残った。
「は……早すぎる!」
普通は魔法を練り上げる時間があるはずだろ! どうしてノータイムでこの威力の魔法が撃てるんだよ! クソクソクソクソッ! そんなことを考えながらケプカは慌てて回復魔法を唱える。
血が出ている部分からボコボコと泡が出てきて結びつく。その泡が胴体を形作り、ゆっくりと体が再生していく。サーシャは追撃することなく、その様子をただ眺めていた。
◇◆◇
「ほらほら! 避けてばっかいないで反撃してきなよ!」
ラケルが剣と化した両手を振りまわし、ハデスに襲いかかる。それをハデスは紙一重で全てかわしていく。
ラケルは休むことを知らずどんどん攻撃を繰り出していくが、埒が明かないと悟ったのか攻撃を止めた。そしてハデスの後ろを見ながら、「あ、あの女の子ピンチだよ!」と嘘をついた。
「まさか!?」
ハデスはまんまと引っ掛かり、後ろを振り向いてサーシャの様子を確認する。その隙をついてラケルは右手を思いっきりハデスの心臓目がけて突き刺した。
「っ!!」
確かにラケルの奇襲は成功した。しかし心臓を突き刺すことはできず、代わりに剣と化していた右手が粉々に砕け散った。
「なんだよ……嘘つくんじゃないよ。さーたんが圧倒してるじゃないか……ってどうした? 腕が壊れてるぞ?」
「うっわ、その言い方ムカつく」
ラケルが右手をビュンと振ると、壊れた右手が再び再生して剣の形になる。
「ああ、私が後ろを向いている間に攻撃しようとしたのか! 無駄無駄。私には傷一つつけられないよ!」
「そんなのやってみないとわかんないでしょ!」
余裕の表情で立っているハデスに対して、再びラケルが飛びかかる。
右手の攻撃をハデスが体を横にしてかわす。と同時に剣に向けて軽く左の拳を叩き込む。続いてラケルの左手が上から振り下ろされる。それも難なくかわして同じように剣に向けて拳を放つ。
すぐさまラケルはハデスから距離を取り、
「はは、ケプカが言うように防御に特化している魔族のようね! そんな攻撃じゃ私には勝てないよ!」
と笑ってみせた。ハデスの攻撃は大した威力はなく、彼女の防御さえ突破できれば負けることはないと考えていた。
「残念ながら私は魔族とはちょっと違う存在なんだ。それと、私は防御特化型ではないぞ。どちらかというと攻撃専門だ。ほら、自分の手を見てみろ」
え? 防御に特化していないのにその硬さなの? 攻撃専門とか言いながら、今の攻撃は大したことなかったじゃん! とラケルが驚きながら自分の腕を見る。すると、剣に拳が当たった部分から徐々にひび割れていく。
「え? え? うそ!」
そのひびは剣の部分にとどまらず、腕、肘、そして肩の方にまで広がっていき、ラケルの両腕がボロボロと崩れ落ちた。
「ぎゃああ!」
「な、相手との力量も読めないようじゃ、さーたんの言う通り三下だ」
ハデスは表情を変えずに、苦しむラケルをただ眺めていた。
◇◆◇
完全に姿を取り戻したが肩で息をしているケプカと、両腕をなくし苦しんでいるラケルが礼拝堂の中心付近に背中合わせに立っている。
お互いの見据える先には圧倒的強さを誇る魔王と冥王が何もせずに二人を見つめている。当然ながら、この二人の魔族は自分たちが戦っている相手が何者なのか知る由もない。
「こんなに強いなんて、私聞いてないんだけど!」
ラケルの両肩から再生するための泡が出ているがその量は少なく、完全に回復するまでに時間がかかりそうだった。
「ここからが俺たちの本気だ、後悔するなよ!」
強がるケプカに対して、サーシャがため息を吐きながら言った。
「回復魔法の速度で、ある程度の強さがわかるんじゃ。お主らでは我々には絶対に勝てんぞ。悪いことは言わんから降参せんか……そうすれば命までは取らん」
本心からそう言ったつもりだったが、ケプカにとっては火に油を注ぐ結果となった。彼は「舐めやがって!」と叫び、目をさらに赤く輝かせた。
「ケプカ! だめ! 元に戻れなくなっちゃう!」
ラケルが叫んだが遅かった。ケプカの髪の毛が逆立ち、体から黒い気が今まで以上に湧き上がる。身腕が、胴体が、足がだんだんと膨れ上がり二倍以上の大きさになった。つい先日、礼拝堂で同じような姿へ変貌したラームと同じように、彼もまた暴走を始めたのだった。