「あらぁ、リディアさんにアーノルド様、お久しぶりですぅ」
礼拝堂の中心に、レイチェルが立っていた。相変わらずのおっとりとした表情で語尾を伸ばす特徴的な話し方は、一度しか会ったことのないアーノルドでもよく覚えていた。
しかし、なぜ礼拝堂に彼女がいるのだろうか? まるで僕たちをここで待ち構えていたかのような……初めて会ったときに彼女に対して感じていた、ちょっとした違和感が再び蘇った。
「会うのはこれで三回目ですねぇ」
レイチェルのその言葉にアーノルドが眉を潜めて返事をする。
「僕は君と会うのは二回目だよ。以前勇者の間で薬草をもらって以来だね」
「ふふふ、その後一回会ったじゃないですかぁ」
彼女が不敵な笑みを見せて、自分の首元をトントン、と指差して言った。「首飾りの話、覚えてないかなぁ?」
アーノルドは眉をひそめたまま、返事をしない。変な空気になったところで、リディアが話題を変えようと話しかける。
「そんなことよりどうしてこんなところに? 何か礼拝堂に用事でも?」
「いいえぇ、あなたたちに会いにきたんですよぉ!」
レイチェルは、あ・な・た・た・ち、と声に合わせて五人を順番に指差しながら言った。
「……?」リディアは、彼女が何を言っているのか理解できなかった。私たちに会いにきた? ハデス様やさーちゃん、ガルシアとは初対面のはずなのに?
「何だぁ? この怪しい姉ちゃんは?」
ガルシアも目の前に立っている女性に何かしら違和感を感じているようだ。いつの間にか体がいつでも戦えるような姿勢になっていた。
「あれれぇ、まだ気づきませんかぁ?」
だんだんとレイチェルの顔が変わっていく。
「ほら、以前洞窟で戦ったでしょ……思い出してくれるかな?」
髪の毛がだんだんと黒く染まっていき、服装も黒く大胆なものになった。かつてラームが老人から青年へと姿を変化させたように、レイチェルもまたラケルへと姿を変えていった。
思わずリディアは口を押さえて、信じられないと言った表情をしていた。アーノルドも同様に驚きを隠せなかった。
「君は……ラケル!」
アーノルドが名前を呼ぶと、
「そ! 名前覚えててくれたんだね! 嬉しい! なんと、レイチェルは私が変身した姿でした〜! 気づかなかった?」ラケルは嬉しそうに返事をした。
「で、あんたは何しに来たんだよ。さっさと目的を話しやがれ!」
ガルシアが我慢しきれず、ラケルに対してイライラをぶつけるように言った。
「んーとね、お城に不法侵入した五人を……殺しちゃうため!」
ラケルが両手の指先を隙間ができないように合わせて、ぴんと伸ばす。すると両手が三十センチほどの刃に変化した。軽く振るたびにヒュンヒュンと音を立てる。
アーノルド、リディア、ガルシアの三人は戦いに備えて身構えるが、サーシャとハデスは特に何をするわけでもなく、ただその場に立ったままだった。
手が刃に変化させて、鋭い音を立てて威圧感を出したつもりだったラケルだが、全く動じない二人を見て不思議そうな顔をして尋ねる。
「ねぇねぇ、そこの強そうな二人が何も反応しないし、喋ってくれないんだけど、私のこと嫌いかなぁ?」
すると、面倒臭そうにハデスが言葉を発した。
「ああ、嫌いだね。今から私たちを殺そうとする奴のことを好きになるバカがどこにいるか! それに弱いくせに強そうなふりをしている魔族が私は一番嫌いだ」
その言葉に続けてサーシャも話し始めた。
「われはこんな状況でひっそりと隠れて、攻撃の機会を伺っている卑怯者が一番嫌いじゃのぉ」
さーちゃんは一体何の話をしているのかしら、とリディアが思っていたら、ラケルのすぐ横にうっすらと人の形をした黒い影があることに気づいた。そして、だんだんと影がはっきりとした形を成していき、黒い長髪の男が姿を表した。どうやら魔法を使って透明になり隠れていたようだった。
「ケプカ!?」
リディアとアーノルドが同時に彼の名前を呼んだ。リースの街でラームと戦い、街を壊滅させた張本人。サーシャの別荘でのラームの話から、この魔族は倒したとばかり思っていたが……生きていたとは! 人間には到底防ぐことのできない空を覆い尽くすほどの炎の雨を思い出し、アーノルドもリディアも若干足が震えた。
「いつから気づいていた?」
ケプカがサーシャに向かって尋ねた。彼女は呆れた顔をして返事をする。
「逆に聞くが、そんな魔力だだ漏れで気付かれないと思っていることが不思議じゃ」
その言葉はケプカを苛立たせるのに十分だった。
この俺様は透明になって完璧に隠れていたはずだ。こいつが言ってることはハッタリだ! そんなことを思いながら、彼は額に血管を浮かべてサーシャを睨みつける。
「ラケル。この小さいのは俺が殺す。お前は手を出すな」
「私、こっちの女が嫌い。なんかムカつくもん」
ケプカはサーシャを、ラケルはハデスを指差して戦う相手を決めたようだ。
えっと、何だか魔族の皆さんどうして戦おうとしていますけど、私たちは一体どうしたらいいんでしょうか? きっと魔法が飛んでくるから遠い場所に避難でもしていた方がいいのかしら? あれ、ハデス様も魔族と一括りにしていいのかな? とりあえず戦う構えはしていたリディアだが、戦わずに逃げた方がいいのかもと思い武器をしまった。
するとリディアたち三人をチラリと見たケプカが、右手を広げて彼女たちの方へ向けた。
「まずは他の奴らを消してからだな、とりあえず、死ね」
逃げる間も無く、巨大な炎の塊がアーノルド、リディア、ガルシアを襲った。それは三人を飲み込むほどの大きさと反応できない速度で彼らを包み、焼き尽くしたように見えた。
満足そうな表情を見せるケプカだったが、彼の魔法は三人に
「何!?」
ケプカが横を見ると、ハデスがさりげなく魔法を使って三人を守っていたことがわかった。こいつ、魔法を使う仕草も見せずに防御魔法を発動させやがった! ……つまり防御魔法に特化した魔族ってことか! ケプカはそう判断した。
ガルシアも初めて見る炎の魔法に驚き、防御する暇もなく炎を全身に浴びたと思っていた。しかし、体に傷ひとつ、火傷ひとつ負っていないことに気づき、「冥界で筋肉を鍛えたから炎すら効かなくなったぜ!」と勘違いして喜んでいた。
「こいつらに、手出しはさせない」
「三人とも先に行くのじゃ! われらはこやつらを倒して後から向かうでの!」
ハデスとサーシャの言葉に、リディアが戸惑う。
「で、でも!」
「大丈夫じゃ! こんな三下に負けるわけがなかろう!」
サーシャがリディアを見つめて、余裕の表情を見せて笑った。
「リディア、行こう!」
アーノルドがリディアの手をとって走り出す。ガルシアもその後に続く。礼拝堂を出るためには、ケプカとラケルの後方にある扉を抜ける必要がある。
「行かせないよ!」
ラケルが鋭く尖った両手を振りかざしながら向かってきた。魔法の障壁で守られているとはいえ、アーノルドとリディアはその圧に押されて思わず立ち止まり、目をつぶる。ガルシアはどうやらカウンター攻撃を狙おうとニヤニヤしながら拳を握りしめていた。
そのとき、サーシャが突然三人の目の前に現れた。サーシャが自分自身にかけた転移魔法だった。
そして三人に触れたままもう一度転移魔法をかける。
一瞬にして四人はラケルの目の前から礼拝堂の扉の前まで移動していた。
先日のニクラスとの戦いの最後に使ったものと同じやり方だった。攻撃が空を切ったラケルは「今のって、魔法陣なしの転移魔法!?」と、不思議そうな顔をして後方を振り向いた。
「ほれ、三人とも気をつけて行くんじゃぞ!」
サーシャがそう言って、扉を開けて礼拝堂から出て行く三人を見送る。
「サーシャも気をつけて」
「無理しないでね!」
「じゃあな、先に行って偽物の魔王とやらをぶっ倒しとくぜ!」
アーノルド、リディアの二人とガルシアはそれぞれ別の方向へと走っていった。
「チッ、ネズミを三匹取り逃がしちまった。……まあいい。こいつらぶっ殺してからでも遅くはないだろう」
「三下だって、私たち。……三下って何?」
「俺らのことを相当下に見てるってことだ」
「うわ、何それ。あとで謝っても許さないから!」
ケプカとラケルはそんなやりとりをしながらも、それぞれの戦うべき相手に視線を向けて戦いに備えた。ケプカは両手を開いて魔力を溜め、ラケルは両手の剣をさらに大きく、そして長くした。
またまた面倒臭そうな顔をして、ハデスが右手を前に伸ばし、手首をちょんちょんと上げながら挑発した。
「許してもらう前に倒してやるからとっととかかってこい!」
その言葉に再びカチン! ときたケプカとラケルが目を真っ赤に燃やし、体から黒い気を溢れさせながら気合を入れた。
「いくぞ、ラケル!」
「あいあいさ!」