広場にいた勇者たちのほとんどが、王都のどこかへ散っていったころ。
ニクラスが突然、ピクッと体を震わせた。そしてすかさずケプカに向かって指示を出した。
「ケプカよ、礼拝堂に魔力の反応があった。誰かわからんが、魔族が進入してきおった。恐らく先日退治し損ねた……アレキサンドラとか言ったか、そいつらが仲間を連れてやってきたのだろう。お前とラケルで確認して、殺してきてくれないか」
ニクラスは宝珠の力を借りて、宮殿内であれば魔力の存在を感知できるようになっていた。そこに転移魔法でやってきたサーシャとハデスの魔力が引っかかったというわけだ。
「仰せのままに。最近戦ってなくてうずうずしていたところです」
「はーい! 私も大暴れしてきまーす!」
ケプカもラケルも、嬉しそうな表情を見せる。
ケプカはラームと戦って以来、ラケルはポンボールの勇者たちとダンスを踊るように戦って以来、まともな戦闘を行なっていなかった。いよいよ大暴れできると思うと、思わず笑顔になってしまうというものだ。
「私は今からここで魔法陣を作る。決してこの部屋への侵入を許すな」
「わかりました〜!」という元気な声はあっという間に扉の向こうへと消えて行った。ケプカは「こらラケル! 待て!」と言いながらも、きちんと部屋を出る前に一礼してから出て行った。
時期「魔王様の右腕」として、そういうところはちゃんとしているという彼なりのアピールなのかもしれない。
二人が部屋からいなくなると、ニクラスは床いっぱいの大きさに複雑な形の魔法陣を描き始めた。完成すれば何か禍々しい魔法が発動するような、そんな紋様だった。
◇◆◇
一方こちらは礼拝堂内部にある小さな部屋。アーノルド、リディア、ガルシア、サーシャ、そしてハデスの五人は転移魔法でここへやってきた。
「ここは城か? 間違えたんじゃねぇの?」
ガルシアがきょろきょろと部屋の様子を確認しながら言う。
「突然人間たちの目の前に五人が姿を現したら怪しまれるじゃろうが!」
サーシャがガルシアに向かって言った。
「ここはシスターの私室です。ここなら兵士たちに見つかることもないと思って、私がさーちゃんにお願いしたんです」
そう説明するリディアにとって、ここは決して忘れることのできない場所だった。シスターの部屋は今もなお、先日の戦いの後がそのまま残っていた。
壁の一部が崩れていたり、地面にヒビが入っていたり。それらを見ると嫌でもあの時のことを思い出してしまう。それはアーノルドも同じだった。
二人はちょっとしんみりとしてしまったが、
「いつまでも悲しんでばかりいたらダメですよね。二人の思いを無駄にしないためにも!」
と、リディアは両手で自分の頬を数回叩いて気合を入れた。
それを見たアーノルドもそうだね、と優しくうなづいた。そして「しっかりしろよ、こういうときは王子様が姫様を守るもんだぜ!」リースの街でラームから言われた言葉をなぜか思い出した。
「しかしよぉ、なんでここに来たんだよ。直接王の間に飛べばよかったじゃねぇか! 俺は早く再戦したくてたまらねぇんだよ!」
ガルシアが両拳をガンガンとぶつけ合いながら不満を口にする。
「アーノルドとリディアが宝物庫に向かうというでの。ここから一旦別行動じゃ」
そう言ってサーシャがガルシアをなだめる。
「確認するぞ、私とさーたん、ガルシアはこのまま最上階を目指す。そして偽魔王をぶっ倒す。アーノルドとリディアは宝物庫に行って魔の宝珠を取り戻す。これでいいな」
「はい」
ハデスの確認に対して、アーノルドが力強く返事をした。
「しかし、宝物庫に魔の宝珠があるとも限らんからの。それに、もしかしたら偽魔王の手先がおるかもしれん。用心するんじゃぞ」
何かあったらペンダントを握れば転移魔法をかけてやるからの! とサーシャがリディアに言った。
今回は「ぎゅーっとすればいいのじゃ!」という冗談は言わなかった。それだけ真剣になっている様子が、リディアにも伝わった。
いよいよ偽魔王との最後の戦いが始まろうとしている、私たちがさーちゃんたちの足手まといにならないようにしなくちゃ! とリディアは気合を入れてごくりと唾を飲み込んだ。そんな彼女の様子を見て、アーノルドの手にも力が入る。
すると、ハデスがリディアとアーノルドの肩に手を置いて優しい声をかけた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫。私とさーたんでちょちょいのちょいとぶっ倒してくるから!」
「……そうですね!」
ハデスの笑顔に二人の緊張が少しほぐれた。こわばっていた表情が少し緩んで、リディアとアーノルドにも笑みがこぼれた。
「おい、今わざと俺様の名前を入れなかっただろ!」
ガルシアが三人の間に割って入って、自分を主張する。「ん〜? なんのことやら?」とハデスはとぼけた顔をする。そのやりとりがおかしくて、またリディアとアーノルドが笑った。
笑顔になった二人を見て、サーシャも安心してふっと笑った。そして「ありがとな、ハデス」と誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「さあ、行こうか」
ハデスを先頭にシスターの部屋を出て、礼拝堂の広間に出る。するとそこには人影が