目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第75話

 暗い洞窟の先に光が見えてきた。どうやらもうすぐ出口らしい。


 いよいよ魔物の領地に足を踏み入れることになる、と勇者たちに緊張が走る。しかし、ここまで順調に歩いてきた元騎士団長のルイスは一人焦っていた。


 どうして洞窟内で魔物が一匹も出てこないんだ! これではレベルが全く上がらないではないか! しかももう魔の森が目の前に迫ってきている……。

 はっ、そうか! そういうことか! 我々を油断させておいて、出口にたくさんの魔物が待ち伏せしているということか! 


「みんな、油断するな! きっと洞窟を出たら、すぐ魔物との戦いになるぞ!」

「おおっ!」

 ルイスをはじめ、先頭をゆく勇者の集団は武器を持って勢いよく洞窟を出た。



「……」



 勇者たちの目の前には、深い緑に覆われた美しい森が広がっていた。木々の間から太陽の光が差し込んできて、爽やかな風が頬を撫でる。小鳥たちのさえずりや風がさらさらと葉を揺らす音が心地よい。


「ここが……魔の森?」


 ルイスは周りの景色を眺めながら困惑していた。


 魔の森とは、空は紫色をしてどんよりと暗く、木々は真っ黒で葉は一枚もない、まるで森とは呼べないような場所なんじゃないのか?

 なんだこの爽やかな森は……名前と全然違うではないか! 魔の森というぐらいだから、魔物が当たり前のようにうろついていて、侵入者を容赦無く喰らい尽くす……そういう殺伐とした戦場を期待していたのに! 


 ルイスが思い描いていた魔の森とは真逆の景色だった。


 そして、魔物も一匹さえいない。何かがいるような雰囲気も感じなかった。武器を手にして緊張感をもって出てきた勇者たちだったが、武器をしまい大きく深呼吸をして張っていた気を緩めた。


「ルイス殿、もう少し奥へと進んでみましょうか。何かあるかもしれませんぞ」


 ゴルドがそう声をかけ、他の勇者とともに森の奥へと進む。


 次々と洞窟から勇者たちが出てくるのに気づき、慌ててルイスも森の奥へとかけて行った。



 しばらく歩くと、森を抜けて爽やかな青空が視界いっぱいに広がった。そしてその先に、城壁が姿を現した。


「魔王城だ!」

 勇者のうち誰かが声をあげた。それを聞いて他の勇者たちがざわめき、武器を手にする。再び緊張が走る。


 しかし、見た目は普通の城壁だった。


 装飾など一切ない、普通の壁。壁の向こうに見える大きな宮殿。どこかで見たことがあるような建物。

 到底、魔物が潜んでいるとは思えないような外観だった。しかも、壁の向こう側からはわいわいと人々らしきものの生活音が聞こえてきて、間違えてどこかの城下町に辿り着いたような、そんな感覚に勇者たちは陥った。


 ルイスはその様子を見て、先ほど以上に困惑した。


 魔王城というのは、おどろおどろしい雰囲気に包まれて、外壁には骸骨や魔物の彫刻がこれでもかと飾られていて、入ろうとするとそれらが「来たか哀れな人間どもよ!」と口を開くのではないのか?

 空の上には暗黒の雲がかかり、稲光が走っているはずなのだ! なんだこの青空は! 違う! こんなのは私の思い描いていた魔王城ではない!


 そんなときだった。


「ここ、なんだか王都っぽくないか?」

 また、誰かが声をあげた。確かにそう言われればそうだ……と勇者たちがざわつく。


「まさか洞窟を抜けて、王都に戻ってきたとかじゃねぇよな?」などと言い始める勇者たちもいた。


 はっ、そうか! そういうことか! ついにルイスは真実に辿り着いた。


 これは魔王が作り出した幻。我々を完全に油断させておいて中へおびき寄せ、そこで魔物の総攻撃を仕掛ける気なのだ!

 ということは今、目の前にある壁も偽物。実際は骸骨や魔物の彫刻が施されている魔王城の壁というわけだ。

 はっはっは、所詮は幻。実際に壁を触ってみれば、これが本物かどうかわかるというものよ!


 と頭の中でぶつぶつと喋ったルイスが、城壁に近づき手を触れてみる……が、なんの変哲もない普通の壁だった。骸骨の彫刻があるようなでこぼこ感は一切ない。もちろん壁が勝手に喋りだすはずもない。


「あれ?」

 ルイスはつい声を出してしまった。思ってたのと違う。もしかして、魔王城って普通のお城なのか? それとも誰かが言っていた通り、ここは王都なのか?


「どうかされましたか、ルイス殿?」

 ルイスが突然、手当たり次第べたべたと壁を触っていく様子を見て、ゴルドが気でも触れたのではないかと心配して尋ねる。


「あ、いや、何でもない。」


「どこかに入り口があるはずです。壁づたいに歩いて探しましょう!」

 ゴルドたち金銀銅の鎧の三人組を先頭に、武器を手にした勇者たちが次々と城壁沿いに進んでいく。


 ルイスも慌てて後を追い、先頭に並ぶ。


 ここは魔王城なのだ、これは魔王が見せている幻の姿……私は惑わされんぞ! ぶつぶつと独り言を言いながら、ルイスは歩き続ける。そんな姿を見て、他の勇者たちは「ルイス殿は一体どうされたんだ?」と若干引いてしまうほどだった。


 そしてついに城門に辿り着いたとき、彼の希望は完全に打ち砕かれた。


 門の前に立っている兵士は、騎士団長時代の顔見知りだった。

「あれ、お帰りなさいルイス様。もう魔王を倒して帰ってこられたんですか?」


 なんと千人もの勇者たちはイヴァル村の洞窟を通り、魔の森を抜けて魔王城へ行くはずが、なんの間違いか西の森を抜けて王都へと戻ってきてしまっていたのだった。


 もちろん、サーシャの作った結界がそうさせたのは言うまでもない。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?