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第72話

 勇者たちが西の森を抜けイヴァル村に到着したときにはもう、村は壊滅状態にあった。ほとんどの家々が崩れ落ち、黒い煙があちらこちらから上っていた。


 パチパチと、未だに何かが燃えている音も聞こえている。木々の葉は全て焼け落ちてなくなり、黒くなった幹と枝だけがぽつぽつと立っている。


 村の周囲に張り巡らされていた柵もほとんどが倒れたり、黒く炭になって煙を吐いていたりして役割を果たしていなかった。



「何だよこれ……」



 村についたアダムは呆然と立ち尽くし、村だった場所を見つめていた。隣にいた別の勇者たちもポツリと口を開いた。


「ひどい有り様だな……」

「魔物たちが襲撃したっていうのか?」

「村人もいないぞ……」


 すると、赤い剣を持った勇者、元騎士団長のルイスが勇者全員に聴こえるよう大声で叫んだ。


「全員で村の様子を調べるんだ! 村人がいたら保護すること! 魔物が潜んでいる可能性もある、気をつけるように!」


 勇者たちはばらばらに村へと入っていき、捜索を始めた。


 アダムも「誰かいないか!」と声を出し、瓦礫を退けて人がいないか確かめる。焼け落ちた家の中に入り、倒れた家財道具をどかしてみる。しかし、誰一人として見つけることはできなかった。


 しかし、中には「レベルを上げたいんだから、村人よりも魔物を見つけてぇよなぁ!」といって乱暴に武器を使って瓦礫をどかしていったり、逆に「俺らは魔物を倒すのが仕事だからなぁ、魔物が出たら教えてくれや!」と言って、面倒くさがって捜索活動などせず、適当な場所を見つけてそこに座って休んでいたりする勇者もいた。


 そんな様子を見て「チッ、これだからレベル上げにこだわる奴らは使えないんだ」とルイスは吐き捨てるように言った。



 王宮一の剣の腕前をもつルイスが勇者になったのは、国王ニクラス1世の勧めだった。「勇者といえども、元犯罪者や山賊も多い。お前も勇者となってそういった者たちを正しい道に導いてくれ」とは言われたものの、勇者同士の戦いはご法度。力技で正すわけにもいかず、これでは王の期待に応えることはできないと、彼自身も若干苛立ちを隠せないでいた。

 「この戦いが終わったら、大臣の座も考えている」王に直接そんな甘い言葉を囁かれては、なんとしてでも使えない奴らを動かさねば! との思いが強かった。



「ルイス、こっちに来てくれ」



 そんな中、そう声をかけてきたのは、孤高の槍使い「神速のウルフ」だった。呼ばれた方へ行くと、彼の視線の先には焼け落ちずに残っていた家の外壁があった。


「これは……!」


 そこには右上から左下に向けて斜めに大きく5本の傷が刻まれていた。それは明らかに武器によるものではなく、まるで大きな爪で乱暴にえぐられたような……そんな感じだった。


「相当強い魔物が来たと思われる。お互い用心しよう」


 ウルフはそう言って槍を持ち、警戒しながらまた別の場所へと移っていった。


 ふう、とルイスは息を吐き気合を入れ直す。そして剣を抜き、いつ敵が現れてもいいように備えた。先程までの苛立ちは消えていた。

 もしかしたら苛立っている俺を落ち着かせるために声をかけてくれたのでは? ルイスは去っていく後ろ姿に感謝した。




 一方、村の外れで捜索活動などせずに、手ごろな切り株を見つけて座っている勇者がいた。

 ぼーっと村のあちらこちらで精一杯働く勇者たちを眺めながら、「そんなことして何の得になるってんだよ」と言いながら、大きくあくびをしてうつらうつらと眠そうにしていた。


 その勇者の背後に、ザッザッという足音とともに別の勇者が近づいてくる気配がした。


「おい、村人は見つかったか?」


 その勇者は振り返ることもせずに、背後にいる勇者に声をかけた。しかし返事はない。それどころか「ガガギギ……グ」と意味不明なうめき声が聞こえてきた。慌てて勇者は振り返った。



 そこには、髪の毛が逆立ち、体中の血管が浮き上がった目の赤い人間がいた。

いや、もはやそれは人間とは呼べなかった。体中から黒い気が溢れ出し、勇者を見ると口を大きく開けて叫んだ。


「うわああああっ! ばっ、化物だぁ!」

 勇者は大声を出しながら、村の中心へ走って逃げた。



「!?」



 大声で「化け物だ!」と叫びながら村の中心に駆けてくる勇者に、他の勇者たちも一斉に反応する。さすが歴戦の勇者たちである。瞬時に武器を取り出して構え、魔物の襲撃に備える。アダムも同じように斧を両手で持ち、敵を探る。


「どこだ……」


 神速のウルフは槍を構えて軽く腰を落とす。ルイスは右手に剣を構え左手の盾で体の正面を守る。他の勇者たちもそれぞれ戦う構えで敵を待つ。しん、と辺りが静まり返る。


「グワアアアアァァ!!」


 その叫び声を皮切りに、村の周囲からおびただしい数の魔物人間が襲いかかってきた。


 パッと見た限りでは人間に近い容姿をしているが、赤い目と体から湧き出る黒い気は異常だった。


 両手の爪は鋭く尖り、軽く振るだけで柵は砕け散り、太い木の幹が裂けた。それを見て、先程ウルフが見つけた外壁の傷痕はこいつらのものだと判断し、ルイスが叫んだ。

「全員、戦え!」


◇◆◇


「おっ、始まったぞ」

 空の上からイヴァル村を見下ろしていたケプカが、戦いが始まったことに気づき、ラケルに声をかけた。手鏡を持って自分の髪型を気にしていたラケルが、その言葉に反応して下を向く。

「ホントだ、がんばれ〜! 勇者なんてやっつけちゃえ! あれ、やっつけていいんだっけ?」

「まあ……ここで死ぬような勇者はサタンに勝てないだろ」

 魔族の二人がそんな会話を交わしていた。



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