魔の森へ進撃する日がやってきた。
朝、王都の宮殿広場には国中に散らばっていた勇者たちの九割ほどが集まっていた。その数約千人。その中には、ゴルドをはじめとした先のポンボールの戦いに参加した勇者たちの姿もあった。
「あれ、王子様と勇者の間のお嬢ちゃん、来てないのかな……ってこんだけ人数がいればわかんねぇか」
アダムは周囲をキョロキョロしながら知り合いを探していた。すると誰か見つけたようで、一人の勇者に親しげに声をかけた。
「よっ久しぶり! 元気にしてたか?」
それはリースの街から命からがら帰ってきたレベル22の男だった。
彼は高レベルの勇者たちの装備に驚き、萎縮していた。なんだよ、みんなすっげぇキラキラの鎧とかきてるじゃねぇか。兜までおそろいにして……うわ、あの武器は武器屋に売ってた一番高いやつじゃん……あの武器、でっけぇ。などとぶつぶつ言いながら周りを見ていた。そんなときにアダムから声をかけられビクッと体を震わせた。
「お、おうアダム。久しぶりだな」
「ここにいるってことは、お前も魔の森に行くんだろ。たくさん魔物倒してレベル上げていこうぜ!」
アダムが男の肩をぽんとたたく。
「……あ、ああ。もちろんそのつもりだ!」
「おっ、あいつは!」
そう言って、アダムは聞かれてもいないのに、ここに集まっている歴戦の強者たちを勝手に紹介しだした。
あそこに赤い剣を持ったやつがいるだろ? あれはレベル55の剣士、ルイスだ。テレジア王国の元騎士団長で、勇者に転身した男。剣技はこの国一番とも噂されているんだぜ。
その隣で談笑しているのはレベル60の弓使い、通称「狙撃手」のダニエル。あの自分の身長と同じくらいの弓でよ……遠く離れた場所からでも狙った獲物は外さないんだってよ。すごいよな。遠距離攻撃のスペシャリストの一人だ。
おっと、向こうにはレベル100を超えると言われている「孤高の槍使い」神速のウルフがいるぞ! あいつの槍裁きは速すぎて見えないって噂だ。見たことないけど、あんなでっかい槍でどんな攻撃をするんだろうな。強すぎて誰ともつるまないらしいぜ。……なんかファンがたくさん群がってて、英雄扱いだな。本人は困った顔しているのが、人間味があっていいな。
おいおいおい、マジかよ! あの双子のホフマン姉妹もこの作戦に参加するんだってよ! 知らねぇの? ホフマン姉妹といえば、二人合わせてレベル100以上、武術の達人で武器を使わないけどめちゃくちゃ動きが速くて強いんだとさ。「その動きはまるで分身の術」とかいってよ、有名なんだぜ。
あの金色にひときわ輝く……ああ、ゴルドたち金銀銅の三人組か。あいつらはどうでもいいや。ただの偉そうなポンボールの指揮官。だけど実力はそれなりにあるんだぜ。レベルも60近いはずだ。
まだまだすごい勇者がたくさんいるよ。すげぇ……すげえよ。こんだけのメンツが集まれば、絶対魔王を倒すことができるだろ! 俺たちもがんばろうぜ!
超早口で語られて引いているレベル22の男と、若干興奮気味のアダムであった。
「諸君!」
広場に集まった勇者たちを見下ろすようにして、建物の二階のベランダから国王ニクラス一世が姿をあらわした。
「いよいよ我々は魔族の本拠地に攻め込むことになった!」
「おおおおおおおおっ!!」
勇者たちが武器を掲げて声を上げる。それをニクラスが満足げに眺めると、手を掲げ静かにさせる。
「おそらく最後の戦いになるだろう……その前に一つ、私のわがままな願いを聞いてはくれんだろうか」
一体何事かと、勇者たちがしんと静まり返って国王の言葉に耳を傾ける。
「我が息子アーノルドと、同行していたリディアが魔物の手にかかり、命を落としてしまった」
話を聞いていたアダムが信じられないと言った表情をしていた。数日前出会ったばかりだったのに! しかもリディアはレベル70の強者だったはずだ。王子様をかばって死んでしまったのだろうか……。したくはない想像をいくつもしてしまい、アダムは目を閉じて悔しがる。ポンボールで一緒に戦った勇者たちの一部からもざわざわと残念がる声が聞こえた。
「勇者として戦っている以上、覚悟していたことだったが……やはりやりきれない思いがある」
涙を堪えるふりをしながらニクラスが話を続ける。
「仇をとってほしいと言うわけではない。君たち一人一人も、誰かにとっての大切な一人なのだ。どうかここにいる全員、無事に戻ってきてほしい」
国王の話を聞きながら、家族を思い出して涙ぐむ者、改めて気を引き締めて目つきが鋭くなる者、俺には関係ないねとそっぽを向いているひねくれ者……様々だった。それぞれ境遇の違うものたちの集まりだから当然といえば当然だが、これがいよいよ最後の戦いになるだろうという認識だけは一致していた。
「それが私の願いだ」
「おおおおおおおおお!!」
いよいよ勇者たちは魔の森への入り口、イヴァル村へと出発する。
魔物人間が待ち受けているとも知らずに。