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第68話

冥王城の一室。客人をもてなすためにと綺麗に整えられた部屋に一同は移動してきた。


 「うわ〜」と部屋に入るなりリディアは思わず声を出し、見入ってしまった。


 天井からは豪華なシャンデリアが下がり、部屋の隅々まで明るく照らしている。外が見える大きな窓(と言っても、冥界は薄暗いから外はよく見えないのだが)には、細かい装飾が施されたレースのカーテンがかかっている。壁も柱にも細かい模様が彫刻されており、ここが死後の世界であることを忘れてしまうくらい豪華絢爛な空間だった。


 そんな部屋の中央には大きなテーブルが一つ。飲み物とお菓子がセットになり五つ置かれ、それぞれハデス、サーシャ、アーノルド、リディア、そして大臣が席についた。

 みんなそれぞれ等間隔で座るようになっているはずなのだが……なぜかハデスとサーシャだけは隣にピッタリとくっついていた。


「さて、サーシャ様。今回の件についてお話をお聞きしたいのですが……」

 と大臣が話を切り出した。


「ちょっと待てい! 何じゃこの席の配置は。おかしいじゃろう!」


 当然の如く、サーシャがつっこむ。ハデスが不思議そうな顔をして

「どうして? さーたんは私の隣って決まっているでしょ?」


「意味がわからん! われはこちらに行くぞ!」

 と言って、サーシャはハデスの対面に移動して座った。「あら〜つれないわねぇ、お姉さん悲しくなっちゃう。えーんえーん」と、涙ぐむ仕草をしてみせた。


「……」

 無言のまま、大臣がまたまた顔に手を当てて下を向いた。本日三回目であった。


「何だか、冥王様って見た目と中身が全然違いますね」

 リディアがこっそりアーノルドに言ってみると、「実は僕もそう思ってたんだ」と同じ答えが返ってきた。二人してふふふっと笑い合った。


 座席がまとまり、改めて大臣が話を始めた。


「サーシャ様……最近二度も起きた、生きた人間を冥界送りにする件についてご説明いただけますかな」


「突然なにを言うか! こやつらを冥界に送ったのがわれのはずがなかろう!」

 サーシャが声を上げて否定するが、大臣が続ける。


「いや、しかし2名とも『魔王の出した黒い渦に飲み込まれて』と証言をしておりますぞ」


「だからそれは!」


 今度はハデスが声を上げた。

「さーたん、正直に言いなさい。じゃないと後でお尻ぺんぺん……じゅるり……だよ!」


「何じゃ最後のじゅるりは! われが嘘などつくはずないじゃろう!」


 話が平行線を辿っている中、アーノルドが手を挙げて話に割って入った。


「あのー、すみません。」


「なんだ人間」

 ハデスのぶっきらぼうな物言いにも臆せず、アーノルドが言った。


「僕を冥界に送ったのはサーシャじゃありません。魔王です」


「だから魔王なんだろ? だったらさーたんのことだろうが」

 何を訳の分からぬことをと、ハデスが一蹴する。一連の話を聞いていたリディアも疑問を口にする。


「え? さーちゃんが魔王? どういうこと?」


 人間どもはなにも分かっていないんだなという表情をしてハデスが言った。

「どういうこともなにも、ここにいるさーたんが今の魔界を束ねる魔王なんだよ」



「ええ!?」



 アーノルドとリディアが同時に驚いてサーシャの方を見る。サーシャは申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうに二人の方を見ていた。


「何だ、人間。知らずに一緒にいたのか?」


「私は……魔族のお姫様だとばかり思ってました」


「さーたん……サータン……サタン……あ! もしかして!」

 突然、アーノルドが何かに気づいたかのように手を叩いて声を上げた。びっくりしてリディアが尋ねる。


「どうされましたか、アーノルド様」

「魔王サタンって……魔王『さーたん』のことだったんじゃないかな?」


 それを聞いて、リディアもさーたん、サータン、サタン……と名前を繰り返し声に出してみる。


「あ……ほんとだ。」


「さーたん、人間に魔王ってこと隠してたのか?」

 ハデスがサーシャに聞くと,顔を赤くしながら

「隠すつもりはなかったんじゃが……われが魔王じゃと言う機会がなくての……それに、もふもふ友達になったリディアに嫌われてしまうのではないかと思うと言い出せなくての……すまぬ、リディア、アーノルド」

 と言って席を立ち上がり、二人の前に行き頭を下げた。


 するとリディアも席を離れ膝立ちになり、サーシャをぎゅっと抱きしめて言った。


「そんな……さーちゃんはさーちゃんだもの。魔王って聞いて、ちょっとびっくりしたけど……これからもずっと友達だよ!」


 そして、前してもらったようによしよしと頭を優しく撫でる。アーノルドもうんうんと笑顔でうなづく。


「二人とも……ありがとうなのじゃ。これからもよろしく頼むぞ!」

 サーシャは少し涙ぐみながら笑顔を見せた。



「ちょっと待て」

 三人がいい雰囲気になっているところにハデスが怒った表情で割り込んできた。


「?」


「リディアとか言ったか……お前さーたんともふもふ友達なのか?」


「そうです。さーちゃんとは仲良しですよ」


「はぁ? 私の方が仲良しだからな。仲良しなんてもんじゃない、超がつくくらい仲良しだ! それに聞いてれば『さーちゃん』だぁ? 正しくは私が名付けた『さーたん』が正式な愛称だからな。なぁ、さーたん」


 当然サーシャは返事を返さない。それどころか恥ずかしがってぶるぶると震え、顔から炎を吹き出す寸前までになっていた。


 自分の方がサーシャと仲良しだとアピールされて、リディアはむっと頬を膨らませる。そこにハデスが追い打ちをかける。


「私はさーたんのおむつを変えたこともあるもんね! さーたんが赤ちゃんの頃から知ってるからな!」


 勝ち誇ったようにハデスがリディアを見て笑う。「やめんか恥ずかしい!」と後ろからサーシャが言っているが、二人の戦いの間に割って入ることができなかった。


 負けじとリディアが反撃する。


「でも、私、さーちゃんの別荘に行ってラビティをもふもふさせてもらったことありますよ」


「なにぃ!」


 別荘なんて私は行ったことないのに……とハデスが肩を落とす。「そりゃそうですよ、冥王様。冥王様がこの冥界から出て行かれるなど前代未聞のことですから」と大臣が声をかける。


「それに、さーちゃんの手料理も食べたことあります。美味しいんですよ、あのスープ」


「ぐはぁ!」


 私は食べたことないのに……とハデスが膝をつく。「冥王様はそもそも何も食べなくて生きていける存在ではございませんか」と大臣がお菓子を口に頬張りながら言う。


「そうそう、この間なんか一緒にお泊まりさせてもらいました。……隣の布団で」


「……もういい……もうやめろ……」


 はあはあと息も絶え絶えになりながら、ハデスは胸を押さえてその場にうずくまった。


 かくして、人間対冥王の魔王をめぐる壮絶な戦いは圧倒的な経験の差を見せつけて人間が勝利した。しかし、なんということだろう。勝利した側の人間が冥王に向かって手を差し伸べているではないか!


「ハデス様も、さーちゃんのことが大好きなんですね」


 冥王はふっと笑い、人間の差し出した手を取り立ち上がるとすっきりとした表情で言った。


「ああ、お前もな。さーたんのことが好きな気持ち、よく伝わったぞ」


 二人は固く握手を交わし、抱きしめあった。そこに先ほどまでの妬みや憎しみは存在せず、新しい友情が芽生えたのであった。


「何の話をしていたかわからんくなったではないか!」

 サーシャが二人の間に割って入って、強烈なツッコミをお見舞いして寸劇は終了した……と思ったが、


「さーちゃん、です」

「さーたん、だぞ」

 握手をしたまま、静かな戦いの第2ラウンドが幕を開けようとしていたのであった。




 アーノルドと大臣は三人の方を見ないようにして、飲み物とお菓子を楽しんだ。



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