冥王城最上階、王の間。
ここにアーノルドと案内人が転移魔法でやってきた。
お城の中は照明がたくさん据付けられていて、外と比べて大分明るく、周りのものをはっきりと見ることができた。お城の作り自体は人間の世界のものとあまり変わらないな、とアーノルドは思った。
「ほら、奥にいるのが冥王様。その隣が大臣だよ」
と案内人が教えてくれた。アーノルドと案内人は奥へと進んでいく。
赤く長い絨毯の先にある玉座には、頭からツノを二本生やした黒髪の美しい女性が座っていた。凛とした態度で、右手には身長と同じくらいの大きな杖を持っていた。
冥王と聞くと、鬼のような巨漢で恐ろしい顔……または細身で冷静沈着……な男性といった感じのような気がするのだが……この女性が冥王様。見た目に惑わされていけないな、とアーノルドは気を引き締めた。
冥王の隣には大臣が立っている。こちらは白い髪にツノが2本。そして、たっぷりあご髭を蓄えた真面目そうな老人だった。
「冥王様、また生きた人間が迷い込んできました」
案内人が申し訳なさそうに言う。アーノルドも申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。
「なに! またか!」
と冥王が面倒臭そうに声を出した。
「こんなこと何百年に一回あるかないかの出来事なのに、立て続けに二回も起こるなんて……冥王様いかがしたものでしょうか」と冥王の隣にいた大臣も愚痴を言った。
「早速だが、お前の名は何という?」
「……アーノルドと申します。初めまして、冥王様。」
アーノルドが丁寧にお辞儀をして受け答えをする。さすが一国の王子であるだけあって,礼に品があった。しかしそんなことには目もくれず,冥王が尋ねる。
「で、どうやってここに来たのだ?」
アーノルドは魔王のことや黒い渦に飲み込まれたときのことを話した。
「はあ、また魔王様の仕業ですか……今度会ったら厳しく対処いたしましょう、冥王様」
話を聞き終わると、大臣がため息をつきながらそう言った。
どうやら、この冥王と魔王は知り合いらしい。ということは、冥王は魔王の味方……つまり人間の敵になるということなのだろうか? もしそうだとしたら……人間に勝ち目はないのではとアーノルドは不安が募る。しかし、今のところ冥王や大臣、案内人の態度からは人間を敵視しているような雰囲気は感じられない。
「厳しくかぁ……お尻ぺんぺんがいいかなぁ……ほっぺをぷにーっと押さえつけたり……いや,すりすりのほうがいいかな……ぐへへ」
先程までの凛とした雰囲気とは打って変わって、独り言のようにぶつぶつ何か言いながら段々と顔がにやけている冥王に、大臣が「冥王様!」と声をかける。はっと我にかえり「ごほん」と咳払いをして表情を元に戻してから、彼女は言った。
「私は冥界の王、ハデス。死後の世界の全ての魂を統べるものなり!」
「……」
大臣は顔を抑え、下を向いて恥ずかしそうにしている。アーノルドもなんと返事をしてよいかわからず、とりあえず笑顔でハデスを見つめていた。
「と、とにかく! ここは死んだものが来る世界。お前のようにまだ生きているものはここに来てはいかんのだ。さっさと帰るがよい!」
と言われても帰り方がわからないんですが……と言おうとしたアーノルドの頭上に、突然何かが現れた。それは人影のようにも見えた。
「冥王様!」
「むっ?! 何者!」
ハデスが声を上げて立ち上がる。大臣が腰から剣を抜き構える。
すると、
「きゃあああっ!」
「しまった、少し座標がずれたわい!」
という二つの声がして、アーノルドに向かって落ちてきた。
それは魔の森から転移魔法で冥界へとやってきたサーシャとリディアだった。アーノルドは二人の下敷きになって目を回している。
「いたたた……大丈夫かのリディア?」
「はい……ここが冥界なんですね……ってお城ですか、ここ?」
突然の二人の来訪にハデスと大臣、案内人は目を丸くする。「生きた人間がさらに二人も!」と案内人が声を上げると、
「さーたん!」
と姿形からは想像もできないような可愛い声を出して、ハデスがサーシャに抱き付いた。
「げ……ハデス……うぷ。苦しい!」
とサーシャが顔を歪めながら、ハデスを体から引き剥がそうとすると、
「ハデスじゃなくて、はーたん。でしょ! もう〜私たちそんな硬い仲じゃないじゃない!」
と、ハデスは頬と頬を合わせてすりすりしている。
なんだか嫌々言いながらもサーシャも満更ではなさそうな感じ……と隣にいるリディアは状況が理解できないまま、そして若干引きながらそう思った。
「むむ……すりすりするでない! 今日は遊びに来たのではないのじゃ!」
サーシャが言うと、ハデスが一旦すりすりをやめて距離を取る。そして両手を絡めて顔の横に持ってきて、可愛いポーズをとりながら言う。
「え? 私に会いに来てくれたんでしょ?」
「違うわ!」
間髪を入れずにサーシャがつっこむ。
「じゃあ何? こんな何にもない、つまらない世界に用事なんてある?」
ハデス様……自分の治める世界をそんなふうに言わないでくださいませ……大臣は再び手で顔を押さえて下を向いた。
「アーノルド様を探しているのです。……今日、生きたままこの世界に転移させられたはずなんです!」
リディアが言うと、ハデスがもしかして? という顔をして、下を指差した。
下? と不思議がって二人が下を向くと、そこにはすっかり座布団扱いされているアーノルドの姿があった。
「ぎゃあ、アーノルド様!」
「生きておったか!」
「はは……なんとかね」