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第65話

 ニクラスの体から黒い気が溢れ出し、周囲の空気が震える。「ハッ!」とニクラスが気合を入れただけで、放射線状に衝撃波が放たれた。


「うわっ!」アーノルドたちはその勢いに吹き飛ばされ、後側の壁に叩きつけられた……と思われた。しかし、サーシャが反射的に魔法の障壁を発動したため柔らかく壁に跳ね返り着地した。


「助かったよ、サーシャ!」

「ありがとうさーちゃん!」

「ほっほっほ、これくらい朝飯前じゃ!」


 ニクラスがサーシャを見つめ、驚いた表情で言った。


「……貴様、人間ではないのか……」

「おぬしこそ、とうとう本性を表しおったな!」


 あ、さーちゃん言葉遣いが元に戻ってる……リディアはこんなときでも突っ込まずにはいられなかったが、当然黙っておいた。


 ニクラスが両手を握り力を込めると、体から溢れた黒い気が集まり龍の形になって三人に襲いかかった。しかし、サーシャの魔法の障壁にぶつかるとあっけなく消え去った。


「ほう……なかなかやるじゃないか」


「われに魔法で敵うと思うたか!」


 サーシャが勝ち誇ったように笑う。しかし,ニクラスも指をポキポキと鳴らして余裕の表情を見せる。



「では,こちらはどうかな」



 三人の視界からニクラスが消えた。


 「!?」

 玉座近くにいたはずのニクラスが目にも止まらぬ速さでにこちらに近づき、サーシャの後方に回り込んだ。そして彼女の振り向きざまに拳を振りかざす。

 ガン! という音とともに、サーシャは玉座近くまで吹き飛び、床に数回跳ねて倒れた。


 「さーちゃん!」


 リディアが叫んでサーシャが飛ばされた方を見る。と同時に「他人の心配をしている場合かね?」とニクラスがリディアの耳元でささやく。

 背筋がゾッとしたのも束の間、リディアの腹にニクラスがそっと手をかざす。それだけで重い衝撃がリディアの体を突き抜け、彼女は「がはッ!」と口から血を吹いて膝から崩れ落ちた。


「あまりこの部屋で人間の血肉が飛び散るのは好きじゃなくてね。手加減しておいたよ……優しいだろう?」


 その言葉はニクラスがアーノルドに向けて放った言葉だったが、彼の耳には届いていなかった。


 サーシャもリディアもたった一撃でやられてしまった……これが魔王なのか……。アーノルドの足が震えていた。圧倒的な強さを前にして、ナイフを抜くことすらできなかった。


「情けない……あの日からまるで変わっていないじゃないか……」


 ゆっくりとニクラスがアーノルドの元へ近づいていく。アーノルドはニクラスを見つめ、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。


「まあここ数年、我が息子として一緒に過ごしてきたからな……せめて最後ぐらい苦しまずに死なせてやろう」


 ニクラスがアーノルドに向けて手をかざすと、彼の足元に黒い渦が現れた。そして、それがゆっくりと全身を飲み込んでいく。足を振り解こうにも、黒い渦からは逃げられなかった。


「あ……あ……」


 声にならない声をあげるアーノルドに、憐れみの目をしたニクラスが最後の言葉をかける。


「アーノルド、なぜお前を勇者にして旅をさせたかわかるか?」


 アーノルドは返事をせずにもがいている。しかしもがけばもがくほど,体はどんどん黒い渦の中へ沈んでいく。


「旅の途中で魔物と戦って死んでもらうためだ。王宮の中で殺そうと思えばいつでも殺せたのだ……だがそれだと怪しまれてしまうだろう? だが、魔物に殺されれば私が疑われることもない」



「ア……アーノルド様……」

 リディアはまだ意識があった。薄れゆく意識の中で、アーノルドが黒い渦に飲み込まれていくのがわかった。助けないと……と頭では思っていても体がいうことをきかない。


「っ!」

 サーシャも意識はしっかりしていた。ニクラスに殴られた瞬間に身体中に魔法の障壁を張り巡らせ防御したが、それでも結構な衝撃を受けて吹き飛ばされた。おかげで骨が数カ所折れてしまったが、この数十秒で相手に気づかれずに完治させることができた。


 残念じゃがアーノルドは体が半分以上吸い込まれておる……もうあの術から逃れられない。となるとリディアだけはなんとか救ってやらねば。 

 ここからリディアに転移魔法をかけることもできるが、詠唱に時間がかかってしまうし気づかれたらおしまいじゃ。自分が転移するなら無詠唱でバレずに移動できる。チャンスは一瞬。逃すなよ……とサーシャはニクラスに気づかれないように準備を整える。



 アーノルドは黒い渦の外側に手を伸ばし必死に抵抗しているが、徐々に体が沈んでいく。手で支えることができなくなり,肩まで渦の中に埋まった。

 最後の最後で、アーノルドが口を開いた。

「どうして……リディアを巻き込んだ?」



 ニクラスが笑いながら答える。

「リディアは勇者の間にいたことで腕輪の秘密に気づいていたかもしれないだろう? ……だから証拠を残さないようにお前に同行させ、旅の途中で二人仲良く死んでもらうつもりだったんだが……私が殺すことになってしまったよ」


 アーノルドの頭の先まで黒い渦の中に吸い込まれた。そして渦を消すために、ニクラスが両手を合わせて念じた瞬間……サーシャが動いた。



 まず転移魔法でリディアの元へ移動する。そして,

 「アー……」

 名前を叫ぼうとしたリディアの口を塞ぎ、そのままもう一度転移魔法を発動させる。

 リディアの声に反応したニクラスが振り向いたとき、二人はもうその場にいなかった。



 ニクラスは周囲を見回し、サーシャとリディアがいなくなっていることに気づいた。


「逃げた……か」


 サーシャは玉座近く、そしてリディアは玉座から離れた自分の近くにいたはずだ……。ニクラスは二人がいたはずの場所を目で追ってみる。私に気づかれずに移動して間に合う距離ではない。ということは……魔法を使った……?


「準備なしに転移魔法を使うのか……しかも二連続で……もしかして奴は……」



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