「ドキドキします」
「僕もだよ」
「われは全くじゃ」
王都の宮殿最上階。王の間へと続く扉の前に三人は立っていた。
この向こうに父上がいる。いや、もしかしたら父上に化けた魔物かもしれない。とにかく話をして、魔の森への侵攻を止めなくては。そして、勇者制度そのものについても問いたださないといけない。アーノルドの握る手が汗ばむ。
「アーノルドよ、心配するでない。何かあればわれが助けてやろう」
ポンとサーシャがアーノルドの肩を叩く……つもりが身長が足りなかったので太ももあたりをバシッと叩いた。
「うん、ありがとう」
確か最初に勇者の間に訪れた時のアーノルド様は、国王陛下が背中を叩いたら豪快に前に倒れていたわよね……まぁ叩いたのがさーちゃんってのもあるけど……成長しているんですね、アーノルド様。とリディアはちょっぴり嬉しくなった。
「よし、行こう」
扉を開けた先、赤い敷物が敷かれた一番向こうには国王ニクラス一世が玉座にどっしりと構えていた。いつもいるはずの宰相や兵士の姿が見当たらない。この部屋にいるのは彼一人だったようだ。
「来る頃だと思っていたよ、アーノルド」
ニクラスがそう言って三人を呼び寄せた。敷物の上を歩きながら、三人はニクラスに近づく。
「それにしても……王都へ戻ってくるのが早かったな。昨日までポンボールの宿にいたはずだろう? あそこからここまで歩いて数日かかるというのに……馬車か何か使ったのか?」
「ええ、まあ」
アーノルドがはぐらかす。ニクラスはその答えに特に気を留めずに、アーノルドの隣にいる二人に目線を移し尋ねた。
「そして、リディアとあと一人仲間が増えたようだね。お嬢ちゃんは……初めまして、かな?」
お嬢ちゃんと呼ばれたサーシャは丁寧にお辞儀をして、スカートの端を持ってポーズを決めてから言った。
「はい。これから勇者になるために王都へやってきました、アレキサンドラと申します。国王様、お目にかかれまして光栄です」
リディアは、サーシャがいつもの言葉遣いと違う丁寧な言葉を使い、さらに真顔ですらすらと嘘を吐く姿にびっくりするやら感動するやら……しかしそれが表情に出ないようにするのに必死だった。
「そうか、君も勇者に……。魔王を倒すためにぜひがんばってくれたまえ」
ニクラスがサーシャに手を伸ばし、握手を求めた。手と手が触れ合おうとした瞬間、バチっと音がしてお互いの手が弾かれた。
「……これは一体?」
ニクラスが驚いていると「私、極度の静電気持ちなんです、申し訳ございません。国王様」とサーシャがまたしても嘘をつく。
実際は相手の魔法をサーシャが防御したために起こったことだった。この瞬間にサーシャは国王が魔族であるということに気づいた。しかし、まだそれをアーノルドに伝えることはできない。
「ところで、アーノルドよ。何か大事な用があって私に会いにきたんだろう?」
ニクラスの問いに、アーノルドが自分の左腕に付けられた勇者の腕輪を見せながら答える。
「この腕輪について、です」
「腕輪?」
ニクラスが首をかしげる。
「父上、この勇者の腕輪。仕組みをご存知ですか?」
「おお、もちろんだとも。確か魔物を倒したら、魔物の気を吸収してレベルが上がっていくというものだろう?」
「この腕輪、以前出会ったある魔族の方に『複雑な魔力が込められている』と言われたのです。しかし、我々人間は魔法など使うことはできません」
「つまり、何が言いたいのだ?」
「この腕輪を作ったのは……魔族です。この勇者制度の裏に、協力している魔族がいるということです」
アーノルドは内心ドキドキしながら、話を進めていた。サーシャが言っていた、「父上が誰かに操られている」か、「魔族が父上に化けている」という説、本当はどちらも信じたくなかった。でも、魔族と手を組んで何か企んでいる父上というのもそれはそれで嫌だった。
「……」
ニクラスは黙ったままアーノルドを見つめている。
「それともう一つ」
アーノルドが人差し指を立てて、話を続ける。
「昨日のポンボールでの出来事です。」
ニクラスの眉のあたりがピクッと動いた。
「昨日の父上の話の後、勇者たちはほとんどが興奮状態にありました……僕もその一人です。しかし今考えてみると、あれは異常です。恐らくあれも魔法。誰かがあそこにいる勇者全員に魔法をかけたのです」
「……」
相変わらずニクラスは一言も喋らず、アーノルドを、そしてリディアとサーシャを見つめている。
「はっはっは」とニクラスは玉座から立ち上がり、拍手をしながら笑った。
「この短い旅の中で、そこまで気づいたとはな……大したものだ」
「しかしアーノルドよ、お前は大きな勘違いをしているぞ」
と言って、アーノルドを見つめるニクラスの目が赤く光り輝いた。
「協力している魔族がいるのではない。私自身が魔王なのだ!」