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第63話

 その日の夜。


 リディアはふと目が覚めた。


 月明かりが窓から部屋の中を明るく照らしていて、アーノルドがいたはずの場所が空っぽになっていることに気づいた。よく見ると部屋の入り口の扉が少しだけ開いている。


「アーノルド様はお外かしら……」


 リディアも布団から起き出して、サーシャを起こさないように忍び足で外へ出てみた。


 優しい風が吹き、木々がさらさらと音を立てる。月明かりが魔の森をさらに幻想的な世界に彩る。



「アーノルド様」



 昼間にもたれかかっていた大きな木の近くに、アーノルドは一人座っていた。その顔は何か思いつめたような、悩んでいるような感じがした。


「ああ、リディア。起こしてしまったかな、すまないね」


「……眠れませんか?」

 リディアは自然とアーノルドの隣に座った。うん、と言ってアーノルドが話し始める。


「……サーシャが言うように、父上は魔族に操られているのかな? それとも魔族が化けているのか……もし化けているとしたら、本当の父上は一体どこにいるのだろう、とかね。いろいろ考えてしまって」


 アーノルドが顔をしかめて話を続ける。


「そして、もし本当に魔族だとしたら、その時僕はちゃんと戦えるのだろうか……いまだにレベル0の僕が……剣すらまともに持てない僕がだよ……不安で不安で仕方ないんだ」



 そのとき、そっとリディアがアーノルドを優しく抱きしめた。自分に心の弱さをさらけ出してくれたことが嬉しかった。



「大丈夫です。アーノルド様。サーシャちゃんと私がついておりますから」


「リディア……」


「どんなことがあっても、私がアーノルド様をお守りいたします」


 続けてリディアは、昼間にサーシャからしてもらったようにアーノルドの頭を撫でる。


「昼間、私もサーシャちゃんにこうしてもらって落ち着くことができたんです。どうですか、効果抜群じゃありませんか?」


 アーノルドは目を閉じ、リディアの優しさを感じて嬉しくなった。


「リディア……ありがとう……でもちょっと恥ずかしいかな」

「はっ! 失礼いたしました!」


 ふと我に帰り、リディアが顔を赤らめてアーノルドから体を離し、再び隣同士になる。お互いに顔を赤くしながら、それ以上話ができなくなった。


 不意にアーノルドの頭がリディアの肩に乗ってきた。びっくりしてリディアが横を向くと、すやすやとアーノルドは寝息を立てて眠ってしまっていた。どうやら不安をリディアに話すことで少し安心したようだった。


 嬉しいような、ちょっと残念なようなそんな表情を浮かべ、


「おやすみなさい、アーノルド様」

 リディアはアーノルドの手を握って、そのままの姿勢で目を閉じた。



「ああ! いいところじゃったのに! ……ま、一歩前進というところかの」


 二人を魔法の布団が優しく包み込む。

 扉の隙間から、二人の様子を眺めていたサーシャが優しく微笑んだ。


◇◆◇


 翌日。出発の準備を終えて、再び三人は別荘の外に出てきた。


「サーシャちゃん、この森大丈夫かな……? ちびラビちゃんたちも心配で……」


 リディアが魔の森を見渡しながら尋ねると、サーシャはあっけらかんと言った。


「問題なしじゃ! さっき、われが大きな結界を張ったからの。人間たちがここにたどり着けないようにしておいたわ」


「すごい、そんなこともできるんだね」

 アーノルドが感心する。


「ふふん! だってわれはま……魔界一のもふもふ好きじゃからの!」


「それ理由になってないよ、さーちゃん!」


 リディアがもふもふに反応して笑いながら言った。


「さ……さーちゃんとな!」


 サーシャは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。顔から炎が出て周囲の木々を燃やす。それを見て、慌てて手から氷の魔法を出して火を消した。


「や、やめんか!愛称で呼ぶなど……恥ずかしいわい!」


「ごめんごめん、そんなに恥ずかしがるなんて思ってなくて。っていうか、サーシャちゃんが恥ずかしがったら森一つ焼けちゃうね……」


「むむ……まあ、リディアなら……さ……さーちゃんと呼んでもよいぞ。前呼ばれていた名前よりはマシじゃ」


 もじもじして両手の人差し指を合わせ恥ずかしがりながらも、サーシャは嬉しさを隠しきれない様子だった。


「へえ、前はなんて呼ばれていたんだい?」


 アーノルドが尋ねると、サーシャは顔を真っ赤にして「絶対に教えん!」と炎と氷を撒き散らしながら恥ずかしがった。


 ごほん、と咳払いをしてからサーシャが二人に呼びかける。


「よし、ではみんな手を繋いでくれ」

 サーシャとリディア、そしてアーノルドが手をつなぎ一つの輪を作る。


「では、転移魔法で直接王の間へ飛ぶぞ!」


「ちょ、ちょっと待ってさーちゃん!」

 リディアが繋いでいた手を離し、待ったをかけた。


「どうした、忘れ物か?」


「ううん、そうじゃなくて……」


 少し恥ずかしそうに、リディアはサーシャの耳元でアーノルドに聞こえないようにこっそり話をする。

「転移魔法って、ぎゅーって抱きしめないといけないんじゃないの?」


 それを聞いたサーシャはニヤニヤして言った。


「ん? なんのことじゃ? 転移魔法は体の一部が触れていれば同時に作用するぞ」


「え、だってペンダントを握ったときはぎゅーっとしろって……」


 リディアはニヤニヤしながら自分を見つめているサーシャを見て、騙されたことに気づいた。


「あ、もしかしてわざと!」


「なんのことかわれにはさっぱり分からんぞ!」


「もう、さーちゃんったら!」


 さらにサーシャは誰かを抱きしめる格好をしながら言った。


「昨日の夜のようなぎゅーだったら全く問題なしじゃぞ!」


「え……ちょ……見てたの!? ギャア!」


「ほっほっほ! あと少しだったのにの! まだまだウブよのぉ!」


「やめて〜!」


 じゃれあっている二人を眺めながら、魔族と人間がこんなふうに仲良くなる時代が早く訪れますように、と願うアーノルドであった。



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