その日の夜。
リディアはふと目が覚めた。
月明かりが窓から部屋の中を明るく照らしていて、アーノルドがいたはずの場所が空っぽになっていることに気づいた。よく見ると部屋の入り口の扉が少しだけ開いている。
「アーノルド様はお外かしら……」
リディアも布団から起き出して、サーシャを起こさないように忍び足で外へ出てみた。
優しい風が吹き、木々がさらさらと音を立てる。月明かりが魔の森をさらに幻想的な世界に彩る。
「アーノルド様」
昼間にもたれかかっていた大きな木の近くに、アーノルドは一人座っていた。その顔は何か思いつめたような、悩んでいるような感じがした。
「ああ、リディア。起こしてしまったかな、すまないね」
「……眠れませんか?」
リディアは自然とアーノルドの隣に座った。うん、と言ってアーノルドが話し始める。
「……サーシャが言うように、父上は魔族に操られているのかな? それとも魔族が化けているのか……もし化けているとしたら、本当の父上は一体どこにいるのだろう、とかね。いろいろ考えてしまって」
アーノルドが顔をしかめて話を続ける。
「そして、もし本当に魔族だとしたら、その時僕はちゃんと戦えるのだろうか……いまだにレベル0の僕が……剣すらまともに持てない僕がだよ……不安で不安で仕方ないんだ」
そのとき、そっとリディアがアーノルドを優しく抱きしめた。自分に心の弱さをさらけ出してくれたことが嬉しかった。
「大丈夫です。アーノルド様。サーシャちゃんと私がついておりますから」
「リディア……」
「どんなことがあっても、私がアーノルド様をお守りいたします」
続けてリディアは、昼間にサーシャからしてもらったようにアーノルドの頭を撫でる。
「昼間、私もサーシャちゃんにこうしてもらって落ち着くことができたんです。どうですか、効果抜群じゃありませんか?」
アーノルドは目を閉じ、リディアの優しさを感じて嬉しくなった。
「リディア……ありがとう……でもちょっと恥ずかしいかな」
「はっ! 失礼いたしました!」
ふと我に帰り、リディアが顔を赤らめてアーノルドから体を離し、再び隣同士になる。お互いに顔を赤くしながら、それ以上話ができなくなった。
不意にアーノルドの頭がリディアの肩に乗ってきた。びっくりしてリディアが横を向くと、すやすやとアーノルドは寝息を立てて眠ってしまっていた。どうやら不安をリディアに話すことで少し安心したようだった。
嬉しいような、ちょっと残念なようなそんな表情を浮かべ、
「おやすみなさい、アーノルド様」
リディアはアーノルドの手を握って、そのままの姿勢で目を閉じた。
「ああ! いいところじゃったのに! ……ま、一歩前進というところかの」
二人を魔法の布団が優しく包み込む。
扉の隙間から、二人の様子を眺めていたサーシャが優しく微笑んだ。
◇◆◇
翌日。出発の準備を終えて、再び三人は別荘の外に出てきた。
「サーシャちゃん、この森大丈夫かな……? ちびラビちゃんたちも心配で……」
リディアが魔の森を見渡しながら尋ねると、サーシャはあっけらかんと言った。
「問題なしじゃ! さっき、われが大きな結界を張ったからの。人間たちがここにたどり着けないようにしておいたわ」
「すごい、そんなこともできるんだね」
アーノルドが感心する。
「ふふん! だってわれはま……魔界一のもふもふ好きじゃからの!」
「それ理由になってないよ、さーちゃん!」
リディアがもふもふに反応して笑いながら言った。
「さ……さーちゃんとな!」
サーシャは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。顔から炎が出て周囲の木々を燃やす。それを見て、慌てて手から氷の魔法を出して火を消した。
「や、やめんか!愛称で呼ぶなど……恥ずかしいわい!」
「ごめんごめん、そんなに恥ずかしがるなんて思ってなくて。っていうか、サーシャちゃんが恥ずかしがったら森一つ焼けちゃうね……」
「むむ……まあ、リディアなら……さ……さーちゃんと呼んでもよいぞ。前呼ばれていた名前よりはマシじゃ」
もじもじして両手の人差し指を合わせ恥ずかしがりながらも、サーシャは嬉しさを隠しきれない様子だった。
「へえ、前はなんて呼ばれていたんだい?」
アーノルドが尋ねると、サーシャは顔を真っ赤にして「絶対に教えん!」と炎と氷を撒き散らしながら恥ずかしがった。
ごほん、と咳払いをしてからサーシャが二人に呼びかける。
「よし、ではみんな手を繋いでくれ」
サーシャとリディア、そしてアーノルドが手をつなぎ一つの輪を作る。
「では、転移魔法で直接王の間へ飛ぶぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってさーちゃん!」
リディアが繋いでいた手を離し、待ったをかけた。
「どうした、忘れ物か?」
「ううん、そうじゃなくて……」
少し恥ずかしそうに、リディアはサーシャの耳元でアーノルドに聞こえないようにこっそり話をする。
「転移魔法って、ぎゅーって抱きしめないといけないんじゃないの?」
それを聞いたサーシャはニヤニヤして言った。
「ん? なんのことじゃ? 転移魔法は体の一部が触れていれば同時に作用するぞ」
「え、だってペンダントを握ったときはぎゅーっとしろって……」
リディアはニヤニヤしながら自分を見つめているサーシャを見て、騙されたことに気づいた。
「あ、もしかしてわざと!」
「なんのことかわれにはさっぱり分からんぞ!」
「もう、さーちゃんったら!」
さらにサーシャは誰かを抱きしめる格好をしながら言った。
「昨日の夜のようなぎゅーだったら全く問題なしじゃぞ!」
「え……ちょ……見てたの!? ギャア!」
「ほっほっほ! あと少しだったのにの! まだまだウブよのぉ!」
「やめて〜!」
じゃれあっている二人を眺めながら、魔族と人間がこんなふうに仲良くなる時代が早く訪れますように、と願うアーノルドであった。