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第62話

 魔の森はその名前こそ恐ろしいものの、実際は緑豊かな気持ちの良い場所である。魔物だけが暮らし変に人の手が入っていない、昔から変わらない景色がここにある。この場所に立っているだけで時の流れが穏やかに感じられる。


 リディアも久しぶりに魔の森の空気を味わい、気持ちがすっきりした。


「いつ来ても、ここの森は気持ちがいいね!」


「じゃろう? われもとっても気に入っているのじゃ。別荘を建ててしまうほどにな!」


 赤ちゃんラビティを小屋へと戻し、しばらく周囲を散歩した後リディアとサーシャは近くにあった大きな木の根元に腰を下ろした。


「最近どうじゃ? 王子様とはうまくいっとるかの?」

「え……そんな、全然……もう! サーシャちゃんったら!」


 アーノルドの話を振るとすぐに顔を赤くするリディアがかわいくて、ついついサーシャはニヤニヤしてしまう。が、すぐに真面目な表情になり、


「ラームを……看取ってくれたのじゃろ……ありがとうな、リディア」

 と切り出した。

 次にサーシャに会ったら話をしないといけないとはわかっていたのだ。リディアの顔も、すぐに引き締まり……涙声になった。


「まさか……ラームさんがあんなことになるなんて……ごめんなさい。わたしたち、ラームさんを止められなかった……」


 サーシャは突然リディアの目から涙がこぼれ落ちたのを見て、驚いて尋ねた。


「あんなこと……? 止められなかったって、どういうことじゃ?」


 涙を拭い一度唾を飲み込んで気持ちを落ち着けてから、リディアは礼拝堂での出来事を覚えている限り詳細に話した。


 フィリアが病で亡くなったこと、ラームが怒りに我を忘れ暴走したこと、国王が倒したこと、最後に自分がとどめを刺したこと……。感情が溢れ出さないようにゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「そうか、そんなことが……。じゃが、ありがとうな。リディアがラームの命を終わらせてくれて」


「……」


 ありがとうだなんて……だって私はラームさんを……リディアの胸の中に言いたいことが山ほどあったが、口に出すことができなかった。そんなリディアの心中を察して、サーシャが話す。


「もしかして、自分がラームを殺したと思っとりゃせんか?」


「……」コクリとリディアが無言のままうなづく。


「逆じゃ、逆。リディアはラームを救ってあげたのじゃ」


 え? と驚いた顔をするリディアに、サーシャが続ける。


「われにはわかるぞ。最後の最後でラームがそなたに感謝しておったことが……」

「あ……」


 確かに、ラームが消える直前に「ありがとう」と聞こえた気がしたが、あれは本当にラームの言葉だったのだ。またしてもリディアの目から涙が溢れ出した。


「ほっほっほ、もう泣かんでもよい。よしよしなのじゃ」


 まるで母親が娘に対してそうするように、サーシャがリディアの頭を優しく撫でる。それだけでリディアは気持ちが安らぐような、心がだいぶ楽になるような気がしてくるのだった。


「しかし、その国王とやらがだいぶ怪しいのお」


「……国王様が?」

 うむ、とサーシャが話をする。


「そもそも、ラームの体内には暴走する魔力すら残っていなかったはずじゃ。ということは、誰かがラームに暴走する魔力を注入したということになる。その場でそれができたのは国王だけじゃろ?」


「確かに……。で、でもそれじゃ国王陛下って……」


「魔族が関わっていることは間違いないじゃろうな。」




「話は聞かせてもらったよ」

 二人の目の前にはアーノルドが立っていた。見た感じ、目もしっかり開いていてナイフも持っていない。いつも通りのアーノルドに思えた。


「アーノルド様!? 具合はいかがですか?」

 リディアが立ち上がろうとしたがアーノルドが大丈夫とうなづき、そのまま座っていてという仕草をして、彼自身も二人の目の前に座り込む。


「いつもすまないね。リディアには迷惑ばかりかけてしまって」

「そんな、迷惑だなんて……」


 こちらこそ、魔法を発動させるためとはいえ抱きつかせていただきました。とリディアは心の中でつぶやいておいた。続けてアーノルドはサーシャにも礼を言う。


「サーシャもありがとう。おかげで頭にかかっていたもやが取れたみたいだ。」

「ほっほっほ、どういたしましてじゃ。あれしきの魔法、簡単に解除できたでの」

 というサーシャもお礼を言われて満更でもないという表情をしていた。


「父上の話を聞いているうちにだんだんと判断力が鈍ってきてしまって……気がついたら訳も分からずあんなことをしていたんだよ……」


「サーシャちゃん、やっぱり……」


「うむ。その国王とやらが怪しいの」


 リディアとサーシャは顔を見合わせる。そしてサーシャが真剣な表情でアーノルドに言った。


「アーノルドよ。可能性は二つ考えられるぞい。国王が何者かに操られているか、国王に何者かが化けているのどちらかじゃろう。どちらにせよ、魔族が絡んでいると考えた方がよいな」


 しばらくアーノルドは考え込んでいたが、すっと立ち上がり、


「……僕は父上と直接話をしてみようと思う」

 と切り出した。それにリディアとサーシャが驚いた。


「しかし、それには危険が伴うぞ」

「そうです!」


「それでも僕が行かなければいけないと思うんだ。聞かないといけないことがたくさんある」


 危険なのはわかってる。それでもと、アーノルドは決意に満ちた表情をしていた。


「しょうがないのう。われも一緒に行ってやるとするか」

 そういうと思っておったわ、とサーシャが立ち上がる。


「もしも国王が操られているとしたら、その術を解けるのはわれしかおらぬでの」


「わ、私も! アーノルド様をお守りするという使命がありますから!」

 サーシャが立ち上がるのを見て、リディアも慌てて立ち上がる。


「二人とも……ありがとう」

 アーノルドは二人の顔を見て微笑み、そして周囲の森をぐるりと一周、眺めた。


「ああ、それにしてもここは気持ちの良い森だね。こんな場所に攻め込むだなんて、やっぱり父上は間違っている」


「攻め込むとな? 一体何事じゃ?」

 サーシャがたずねる。


「あ、そうでした。四日後とか言ってましたね」

 思い出したようにリディアも後に続いた。


「四日後?」

 なんのことだか全くわからず、サーシャが首をかしげる。


「はい。国中の勇者たちを集めて、魔の森に攻め込むって。近くの村にここに通じる洞窟が見つかったって言ってました」


「リディア、おぬしどうしてそんな大事なことを黙っておったんじゃ!」


「あわわわ、だって、言うタイミングがなくて……」


 ごめんなさい!とリディアが両手を合わせて謝る。

「まあいい。その件も含めて、明日,国王とやらに話をしにいくぞ!」



 ふと、リディアは思うところがあった。

 ……もし魔王やその仲間が国王に化けていたとしたら、「勇者を集めて魔王を倒す」っておかしいんじゃない?



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