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第61話

「サーシャちゃん、助けて!」

 リディアが首に下がったペンダントを握って、強く願った。


 ポンボールの宿屋での国王の話の後、アーノルドが急に興奮して「僕も魔物を倒すんだ!」と言って止まらなくなった。それは借りている部屋に戻ってからも変わらず、なんと部屋の中でナイフを取り出して「攻撃の練習をするんだ!」とまで言い出す始末だった。


 これは明らかにおかしい。何かに取り憑かれたか、魔法にかかったような……はっ、魔法! ここでリディアはサーシャとペンダントの存在を思い出し、助けを求めたというわけだ。


 しばらくペンダントを握っていると、ぽおっとペンダントが白く輝きだした。そしてリディアの頭の中にサーシャの声が響いた。


「王子様をぎゅーっと抱きしめないと魔法は完成しないのじゃ! ほれ、ぎゅーっと抱きしめんかい!」


 急を要する事態なのになんて悠長なことを! リディアは慌てながらも、顔を赤くした。アーノルド様に自分から抱きつくなんて……抱きつくなんて……できるわけないけど、今回は、今回は仕方ないよね、だってアーノルド様を助けるためなんだもの! と自分に言い聞かせて、意を決す。


 アーノルドはナイフを持って子供の戦いごっこのように振っている。普通に近づいたら切られてしまうかもしれない。「アーノルド様、失礼します!」とリディアは隙をついてアーノルドに飛びついた。


「サーシャちゃん,お願い!」


 突然目の前が真っ白になり、いつの間にかリディアとアーノルドは魔の森にあるサーシャの別荘にいた。

 飛びついた瞬間に転移魔法が発動したため、二人はそのまま床に倒れ込み……顔と顔が近づき、あと少しで唇が触れるところにまでいた。


「ぎゃあ!」


 リディアは顔から火を出しながら、慌ててアーノルドから離れた。


「ほっほっほ、ようこそ我が別荘へ。どうしたリディア? 顔が真っ赤じゃぞ!」


 そう言いながら、サーシャがリディアの隣に歩いて寄ってきた。するとアーノルドも立ち上がり、再び「僕は魔物を倒すんだ!」とナイフを振り始めた。


 その姿にサーシャがムッとした表情で、

「これ、うちの中で暴れるでない! 子供か、おぬしは!」

 とアーノルドに掌を向けた。彼はぴたっと動きを止め、まぶたを閉じてゆっくりと床に倒れて眠った。


「リディアよ……こやつは頭がどうかしたのか?」


 サーシャが不思議そうな顔をしてリディアに尋ねる。


「サーシャちゃん……えっと……」


 リディアは事の顛末を話した。


「……ふむ。国王の話の後、急に態度がおかしくなったというわけじゃな。」


 話を聞き終わったサーシャは、改めて床に倒れたままのアーノルドを見る。しばらく眺めた後、「ん? これは……」と呟いて、両手をアーノルドの方へ向け力を込めた。するとアーノルドの体から黒い気が出てきて、彼の体の上に集まって丸い形を作った。リディアは開いた口を両手で塞ぎながらその様子を眺めていた。


「……アーノルド様の体に……黒い気が?!」

「誰かが……こやつに魔法をかけておったらしい……ぞ!」


 ぞ! の声に合わせて、サーシャが両手をぐっと握ると、アーノルドから出てきた黒い気の集まりは小さくなって、やがて消滅した。


「しばらくすると、目を覚ますじゃろう。そのときは元の王子様に戻っておるわい」


 サーシャのその一言にほっとひと安心したリディアは、足下に何かの気配を感じて下を見た。そこには小さくてあたたかいもふもふ……赤ちゃんラビティが四匹、リディアの足下に群がっていた。


「うわぁ、ラビティ……しかも小さい!」


 サーシャの顔と声が一瞬でとろける。


「あっ、また隙間から入ってきちゃいまちたかぁ! ここに入ってきたらめっ! でしょ!」


 めっ! と言いながらも赤ちゃんラビディを一匹抱き上げて頬ずりをしたかとおもうと、今度は真顔に戻って、


「そうなのじゃ、最近ママラビちゃんに赤ん坊がうまれてのう。」

 と説明してくれた。次に、リディアの足首付近の匂いを嗅ごうと鼻を近づける

ラビディに対して、また目がハートになる。


「あ~お姉ちゃんをぺろぺろしてはだめでちゅよ。するならわれをぺろぺろと……」


 と言ってるそばから、自分で自分の台詞の恥ずかしさに気づいたのか、ゴホンと一つ咳払いをした。


「じゃなくて、ほれリディアも二匹抱いてくれ。外に出さないとの。」


 お互いいい匂いのする小さなもふもふを二匹ずつ抱いて、外へ出た。

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