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第60話

番外編です。


 ◇◆◇



 ここは魔王城……のような場所のどこかの部屋。お城の中の一室ということは確かなようで、豪華な装飾がされた机や椅子、タンスや本棚などがきれいに配置されている。


「おい、ラケルどうしたその手……誰だそいつは?」


 黒い服を着た黒い髪の男が部屋で一人、何か怪しげな液体を飲んでいると、突然壁に黒い渦が現れた。そこから片腕のない黒い髪の女……ラケルと、切り離された彼女の左腕、そしてその左腕に掴まれたジャスティンが順に出てきた。


「えー? 人間。勇者たちのところから連れてきちゃった! 魔王様言ってたじゃん。サンプルが欲しいって」


 左手はジャスティンを床に落とし、ラケルに近づいていく。そのまま彼女は自分の左腕を掴み、自身の体に強引にくっつける。


「あーもう、マジあいつ最低! 今度あったらぶっ殺してやる」


 どうやら腕を切り落とした相手、アダムのことを言っているのだろう。何やら他にも文句をぶつぶつ言っているがそうしている間に肩と腕の間に黒い泡が出てきて、あっという間に腕が繋がった。


 すると機嫌も良くなったようで、ラケルは尻もちをついて痛がっているジャスティンに向かって、


「私はラケル。魔族だよ。って、洞窟の奥でこっそり聞いてたから知ってるよね?」

 と自己紹介を始めた。次に黒服の男に近づく。


「このちょっとカッコつけてるこのお兄さんは、ケプカっていうの。偉そうにしてるけど、いい奴だよ」

 とラケルが説明すると、ケプカがすかさず言い返した。


「おい! カッコつけてるんじゃない、俺はカッコいいんだ。あと、偉そうなんじゃない、偉いんだ!……いい奴かどうか……は知らん!」


 そう言いながら、机の上にあった果物を取ってかじる。


「はいはい」

 ラケルは笑ってその様子を見ている。


 子供とはいえ、自分も勇者の端くれ。僕はお前たちを倒す存在なんだぞ! なのにこの魔族たちはどうしてこんなに余裕なんだ! と、ジャスティンは怒りをあらわにナイフを取り出し、構えた。


「お前らか……僕の村を襲ったのは……」


 やああ! とジャスティンは小さなナイフでケプカに襲いかかる。これまで何体もの魔物にとどめを刺してきたナイフだ。魔族だか何だか知らないが、僕だって強くなっているはずだ! と自信をもって突っ込んでいったが、



 パシッ。



 ケプカのでこピン一発で後ろの壁まで豪快に吹き飛ばされた。その衝撃が強すぎて身体中の骨が折れたのがわかった。当然、動くことができなくなった。


「ぐは……が……」


 ゆっくりとケプカがジャスティンに近づく。しゃがんで視線を合わせ、憐れみの表情で話しかけた。


「お前、弱っちいなぁ……勇者なんだろ? ちょっと腕輪見せてみろ」


 そしてジャスティンの左腕を持ち上げて、勇者の腕輪の中に浮かび上がった数字を見て驚いた。


「……80? 嘘だろ! こんなに弱っちいのにどうやって魔物を倒してきたんだよ」


「ちょっと……やめなよ」

 心配そうにラケルが後ろから声をかける。


「なんだよラケル……」


「実は、この子ね……」


 ラケルはジャスティンの境遇を全てケプカに話した。勇者になったけど魔物が倒せなかったこと、仲間に入れてもらえなかったこと、泥棒勇者と呼ばれながらもレベルを上げていったこと……。



 それを聞いてケプカは、

「……そういうことかよ。悪かった、お前も大変だったんだな」

 と言って、ジャスティンの体に手を伸ばした。白い気が彼の体を包み、折れた骨が全て元通りになった。


「僕は……僕はただ、村のみんなのために……」


 ジャスティンは二人の前で泣いた。これまで勇者として魔物を倒してきたが、誰も自分を褒めてくれなかった。逆に誰にも見つからないように過ごしてきた。心の奥底では、誰かに自分の存在を認めてもらいたかったのかもしれない……それがたとえ魔族であっても。


 泣き止むのを見計らって、

「お前、魔族にならないか? そしてお前を除け者にした奴らみんなにやり返しちまえばいい」


 ケプカがジャスティンに向かってそう提案した。ラケルもいいじゃん、それ! と賛同した。


「でも、村のみんなは?」


「心配すんな、俺が魔王様に言ってなんとかしてやるよ」


「ま、数日考えてみればいいんじゃない? それまでここにいていいからさ」


 ラケルが言った。ケプカはそれを聞いて少しめんどくさそうな顔をしたが、まあいいぜとうなづいた。


 ジャスティンは翌日、魔族になる決意をする。


◇◆◇


 勇者たちが魔の森に攻め込む前日のイヴァル村。


 村のあちこちから「ガ……ギ……グゲェ」などと獣のうめき声のようなものが聞こえている。村中の人々が声にならない声をあげ、家や倉庫などを次々と破壊していく。


「ジャスティン! ……あなたジャスティンでしょ? やめて、こんな恐ろしいこと! ね……」


 崩れた家屋の近くに、母親と思わしき人物が腰を抜かして立てずにいた。そこにジャスティンがゆっくりと近づいていく。他の村の人々と同様、彼の髪の毛は逆立ち、体中の血管が浮き上がり、そこから黒い気のようなものが溢れ出している。そして、目が魔族のように赤く輝いていた。


 ジャスティンが母親の腹に手を突き刺す。「うっ」という声にジャスティンは少し動揺するが、その手先から黒い気を母親に送り込む。


 すると母親も「ガ……ギギ……」と声を出し、ジャスティンと同じような容姿へと変貌した。



「……これは成功なの?」

 空からこの様子を見ていたラケルが、隣にいるケプカに尋ねる。


「おう、大成功だ。魔物人間の出来上がりってね」

 ケプカは満足げな表情で村の人々……だったものを見ていた。


「明日、ここに勇者たちがやってくる……洞窟を通って魔の森に行くためにな」


「その洞窟を作ったのって……あんたでしょ?」

 ラケルの問いにそうだ、とケプカが答える。


「魔王様の命令とはいえ……骨が折れたぜ。だからちょっとぐらいショーを見せてもらってもいいだろ?」

「ショー? なにそれ」


 どこからともなくケプカがグラスを二つ取り出した。取り出したと言うより、魔法で作り出したと言うべきだろうか。その中には、いつも飲んでいる謎の液体が入っていた。それを一つ、ラケルに手渡す。


「勇者対魔物人間の戦い……面白そうだろ?」

「ふーん……まぁいいんじゃない?」


 二人はチン! とグラスを合わせて乾杯する。


「よかったなぁジャスティン。村のみんなもお前と同じだ」


 魔物人間と呼ばれた元イヴァル村の人々は雄叫びをあげ、建物を破壊し続けている。その力は人間の比ではなく、一振り一振りで家を薙ぎ倒していく。


 ケプカはその様子を眺めながら、謎の液体を飲みほして言った。

「……やっぱ俺、……いい奴じゃねぇや!」

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