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第56話

 ここはポンボールの勇者専用の宿屋。


 一階にある食堂に、昨日の泥棒勇者捕獲作戦に参加した勇者のほとんどが集まっていた。各々食事を摂ったり酒を飲んだりしているが、どことなく表情が重い。レベルも大分上がったはずなのに、ラケルという魔族の存在と、連れ去られた泥棒勇者の行方がどうしても気になって仕方がないのだろう。


 同じ場所で食事をしているアーノルドとリディアも、先ほどから無言で食事を口に運んでいる。いつもなら美味しい! と笑顔になるリディアもうつむきがちで元気がない。アーノルドもそんなリディアになんと声をかけてよいかわからなかった。


 「諸君! 集まっているようだね! いやぁ、昨日の戦いは実に見事だった!」


 暗い雰囲気を打ち破るように、二階からゴルドの声が部屋中に響いた。


 「お前、ずっと寝ていたくせに偉そうに!」とほとんどの勇者が思ったが、口を開く者はいない。


 そして、いつものように金銀銅の色の鎧を着た三人組が階段を降りてくる……今日はその後ろにもう一人姿が見えた。それはどこか見覚えのある人物だった。


「……国王陛下?」「父上!? どうしてここへ?」

 リディアとアーノルドがいち早くその存在に気づき、声をあげた。


「陛下!」「国王様だ!」

 部屋中がざわつく。そんな中、三人組は階段を降りて他の勇者たちと同じ一階へ。国王ニクラス一世だけが周囲よりも一段高いところで立ち止まり、勇者全員をみる。


「勇者のみんな、突然訪れてすまないな。食事中のものもいると思うが、少し私の話に耳を傾けてくれたまえ」


 ピリッと勇者たちに緊張が走る。


「昨日の魔物の巣の討伐、大変な活躍だったと聞く。ここポンポールの宿屋を拠点としている勇者諸君のおかげで、この国の平和が守られている。国民を代表してお礼を言わせてくれ。」


 またも部屋中がざわつく。国王陛下に直々に感謝の言葉をいただく機会なんてほとんど無かった者たちである。中には「勇者になってよかった」とうっすらと涙を浮かべるものまでいた。


「レベルが上がったものも大勢いるだろう。ぜひ王都にも戻って報酬を受け取りに来てほしい」


「おいおい、みんな暗いぞ! せっかくの国王陛下のお言葉だ!」

 ゴルドがいまいち盛り上がりにかける勇者たちの姿を見て、横槍を入れる。

「よいよい」とニクラスがゴルドを制して、話を続ける。


「聞くところによると、自らを魔族と呼ぶ者と戦ったようだな……。どうだ、強かったか?」


 この言葉に勇者たちは表情が曇る。散々戦ったのにこちらの攻撃はことごとく躱されて、しかも相手は本気を出していなかったとなると、相手との圧倒的な力の差を感じて戦意を失ってしまうのも無理はない。


 しかし次に出てきたニクラスの言葉は明るく、力強かった。


「だが、最後に魔族の左腕を切り落とせたのだろう? 素晴らしいことではないか!」


 ニクラスは両手を広げ、いかにも「君たち全員に向けて話している」感を出しながら、だんだんと話に熱がこもる。



「よいか、確かに一人では魔族に勝つことは難しいかもしれない。しかし我々には魔物にはない強みがある……それは仲間だ」



 勇者たちは「仲間」という言葉にハッとさせられた。お互いに顔を見合い、うんうんとうなづく者たちが増えた。その姿を見て、ニクラスも口角が上がる。


「レベルの差なんぞ大した問題ではない! 仲間と協力することで我々の力は何倍にも膨れ上がるのだ! ここにいる勇者諸君のレベルを全て合わせると約2000! いや、協力すると3000くらいの力を出せるといるということになるのではないかね!」


 ニクラスが広げていた両手をグッと握りしめ、拳を震わせる。


 それがきっかけとなって、勇者全員が

「おおおおおおおおおお!」

 と若干興奮気味に声を上げる。頑丈に作られている宿屋が揺れたのではないか、と思わせるくらい部屋中が勇者たちの声に震えた。



「そうだ、そう考えればラケルや魔王とも対等に戦えるぜ!」

「何が、レベル80だ! 俺たちはレベル3000だぜ!」

「やってやろうじゃねぇか!」


 お互いに握手をしあう者、抱き合う者様々だった。ニクラスはその姿を見て満足そうな顔を浮かべた。金銀銅の三人組も勇者たちの士気が今まで以上に高まったことを大変嬉しく思い、興奮気味に拳を突き上げた。


「僕も、僕も魔物を倒すんだ!」

 なんと、アーノルドまでがやる気に満ち溢れ、拳を握りしめ肩を震わせていた。


「ア、アーノルド様?」

 そんな初めて見せる姿にリディアは困惑した。これまでジャスティンを助けられなかったことを悔いていて元気のなかったリディアだったが、それが一瞬で吹き飛んでしまった。


 どうしたものかとあわあわしているうちに、ニクラスが話を続ける。



「そこで、今日私がここにきた本題に入ろう」


 ゴホン、と勿体ぶって咳払いをし、勇者たちの注目を集めてから再び少し声を大きくして話す。



「四日後、全国に散らばる勇者たちを集めて全員で魔の森に攻め入ろうと思う!」



 魔の森……この間私たちがサーシャちゃんの転移魔法で助けてもらった場所。暗黒山脈の向こうにあるから、そう簡単にいくことはできないはずなのに……どうやって行くつもりなのだろう。


 そうリディアが考えていると、まるで心を読んだように、

「暗黒山脈の近くの村に、魔の森へと通じる洞窟が見つかったのだ! そこを通れば、山を越えずに森へ侵入することができる!」

と、その答えが返ってきた。


「おおおおおおおおおお!」


 またも勇者たちが雄叫びに近い声を上げて興奮する。……いったい何がそこまで彼らをかき立てるのかリディアにはわからなかった。……あれ? 冷静なのって私だけ? 周りをよく見てみると、自分以外のほぼ全員が興奮して拳を突き上げたり、隣と抱き合ったり、握手したり……。


「皆で力を合わせて、魔王城に乗り込むときがやってきたのだ! ぜひ、国のため、国民のために力を貸してほしい!」


 またもニクラスが勇者たちに向かって両手を広げ、拳を握って震わせる。


「うひょー!! 国王さま直々のお言葉、やらないわけがないだろう!」

「やるぜ、俺はやる! 魔王を倒して平和な国を取り戻すんだ!」

「俺も! もっとレベルを上げて、家族を楽にさせてやる!」

 などと言いながら、勇者たちの興奮は最高潮に達した。


 いや、もはや興奮なんていってる場合じゃない。これは異常だ。命を賭しての戦いがこれから始まろうとしているのに、どうしてここまで盛り上がれるのだろうか。リディアは一人呆れていた。と思えば、


「僕も! 僕もレベルを上げてやる! 今までバカにしてきた奴らを見返すんだ!」

「え、どうしたんですか? アーノルド様!」

 リディアは豹変した王子の姿に戸惑いを隠せなかった。


「僕もね、やっと目覚めたんだよ。リディア! これからは僕が魔物をバッサバッサと斬り倒していくよ!」


 何かがおかしい。

 宿屋にいる勇者の中でリディアだけが一人、その違和感に気付いていた。



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