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第55話

「はあはあ、なんだこいつ! 化物か!」


「化物じゃないわよ、魔族だってば」



 半数以上の勇者たちが息を切らしている中、ラケルは余裕の表情で立っていた。


 この魔物、攻撃力は大したことないが素早く動くからこちらの攻撃が当たらない。恐らく、機動力に特化した魔物なのだろう。防御力も低いだろうから、一撃でも加えることができれば勝機は見えてくるのに……と、ほとんどの勇者がそう思っていた。


「そろそろ終わりにする? 飽きてきちゃった」


 その言葉にカチンときた勇者が数名、「うおおお!」と声をあげながら勢いよくラケルに向かって走り出した。「あは、まだ元気じゃん!」とラケルは受けて立つ構えを見せた。


 四方から勇者たちがほぼ同時に攻撃を仕掛ける。ラケルはそれらをすべて最小限の足の動きで躱していく。


 そんな中、斧を持ったアダムが千載一遇の機会を得た。他の勇者たちを隠れ蓑にし、ラケルの死角から攻撃を仕掛ける。ついに、これまで一度も当たることのなかった勇者たちの攻撃がようやく当たった。


「痛った!!」


 ズン! という鈍い音を立て、ラケルの左腕が肩から切り落とされる。肩口からは黒い血が吹き出した。「やったぞ!」と勇者たちから歓声が上がる。疲れていた勇者たちの士気が一気に上がり、再び剣を持って立ち上がる。


「よし、あと一歩だ! みんなで力を合わせれば倒せる!」

 銀の男がここぞとばかりに偉そうに言った。


 ラケルはぼう然として、地面に落ちた自身の左腕を見つめていた。黒い血がポタポタと地面に落ちているが、すぐに止まった。



「……もういい。今日は帰る!」



 そう言って、ラケルは右手を洞窟の壁に向ける。すると壁に黒いシミのようなものが浮かび上がり渦を作った。ラケルは黙ったまま、その渦に向かって歩いていく。どうやらその渦の中に入っていこうとしてるようだった。


「逃がすもんか!」


 アダムが斧を構えて再びラケルに飛びかかる。それに気づいて、ラケルが振り向きキッと睨みつける。


「!!」


 それだけでアダムは吹き飛ばされ、反対側の壁に叩きつけられてしまった。

「がはっ……」と一瞬息が止まり、うつ伏せに倒れ動けなくなった。手は出していない。ただ睨みつけただけでアダムが端まで吹き飛ばされた……勇者たちは、そこでようやくラケルが今まで本気を出していなかったことに気づいた。 



「みんな、なかなかの強さだったよ! だからいいことを教えてあげるね。」



 ラケルは他の勇者全員を見て言った。


「私の強さは、あなたたちでいうところのレベル80ってところ。今日はだいぶ手加減してあげたんだよ? 対等に戦えるようにレベルを上げておいてね。ちなみに、魔王様はレベル500くらいの強さはあるよ。ちょー強いから、覚悟しててね。」


 勇者たちがその数字を聞いてざわつく。そんなことは気にもせず、ラケルは渦に向かって再び歩き始める。そして渦の中に片足を突っ込んだとき、ふと思い出したように勇者たちの方を振り返った。


「でもせっかく来たんだし、お土産にネズミを一匹もらっていこうかな」


 先ほどアダムに切り落とされて勇者たちの近くに落ちていたラケルの左腕がすうっと浮き上がる。気味の悪さに勇者たちは声をあげて、距離を取る。


 切り落とされた左腕は、勇者たちを無視してそのまま洞窟の入り口付近まで移動する。そして、何かを捕まえたまま宙を浮いて戻ってきた。


「うわ、うわ、助けて!」


 それは、洞窟の入り口に息を潜めて隠れていた泥棒勇者と思わしき男……子供だった。ぼろを着ているが左腕にはしっかりと勇者の腕輪を装備していた。その子供の右足首をがっちりと掴んでいる。


 リディアはその子供の顔を見て、誰なのかすぐにわかった。勇者の間で受付をしてたときに出会った……子供の勇者。


「ジャスティン!」


 リディアは彼の名前を叫んで走り出した。しかしラケルの左腕とジャスティンに近づくと、見えない魔法の障壁のようなものに弾かれて吹き飛ばされた。


 ジャスティンはジタバタともがいているが、ラケルの腕はびくともしない。腰に下げたナイフを取り出し、逆さ吊りのまま左腕に攻撃をしようとするが届かない。


 他の勇者たちも突然現れた子供の勇者を助けようと思ったが、リディアが吹き飛ばされたのを見てためらっている。



「じゃ、またね。勇者のみんな」



 ラケルは右手を振って、黒い渦の中に消えていった。


「やめろ、やめろ……うわああああぁ!」

 続けて左腕とジャスティンもその渦の中に吸い込まれていった。そして、黒い渦は跡形もなく消えた。



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