ゴルドは魔物を倒しながらも、常に周囲の様子に気を配っていた。
いつ泥棒勇者が現れるかわからない戦いながらもよく見ておけよ。アーノルド王子にやつを捕まえるように頼んだものの、期待などできるはずもない。
あの温室育ちの王子様が無謀に戦って死んでしまうのだけはどうしても避けないといけない。指揮をとっているこの私が責任を取らないといけなくなってしまうからな! 魔物と戦わずにすみっこで網でも持って大人しくしておけ!
なんてことを思いながら、すでに結構な数の魔物を倒したが、まだ泥棒は現れる気配がない。
「もっと大物を狙っていやがるってことか……クソ野郎め……」
まあいい。このまま戦いが続けば我々のレベルが上がっていくだけだ。
◇◆◇
しばらくすると、洞窟内は魔物の死骸で一杯になっていた。これ以上魔物が湧いてくることもなさそうだった。
結局、泥棒勇者は現れることなく戦闘は終了した。勇者たちは、自慢の装備が魔物の返り血で汚れたくらいで全員無事だった。レベルも結構上がったのだろう。兜の下から覗く顔は、全員満足そうな顔をしていた。
アーノルドとリディアは最初にいた場所からほぼ一歩も動くことなく、ただ勇者たちの戦いに釘付けになっていただけだった。
しかし、その強さに圧倒されたわけではなかった。
戦い方が参考になったわけでもなかった。
「まるでどちらが魔物かわからないじゃないか……これが……僕たちが目指すべき勇者だというのか?」
「アーノルド様……私も同じことを考えておりました……」
ただ自分たちのレベルを上げるために、魔物の命をひたすら奪っていく勇者たちが恐ろしく思えてきた。中には戦う意志のない魔物もいた。それでも勇者たちは容赦無く切り捨てていったのだ。
「諸君!」
戦いを終えたゴルドが他の勇者に向かって叫ぶ。
「結局、泥棒勇者は現れなかったが……我々は街の安全を脅かす魔物どもを一掃したのだ!」
おおおおおっ! と勇者たちが剣を掲げて喜び合う。
「しかも、誰一人として欠けることなく!」
シルバも続けて声高らかに言った。最後はもちろん、ブロズが締める。
「レベルも上がったことだろう! 一旦ポンボールに戻ることにしよう!」
金銀銅の三人組を先頭に出口へ向かおうとしたときだった。勇者たちの横に積み重なった魔物たちの亡骸の上に黒い気が集まってきた。
異様な雰囲気を感じ、勇者たちは身構える。ゴルドが剣を引き抜き構えながら指示を出す。
「気を付けろ、今までとは違う何かが来るぞ!」
黒い気の塊が人の形を作っていく。そして……
「あらあら、派手にやっちゃったわねぇ!」
と言って、一人の女性が現れた。黒くて長い髪に胸元がぱっくりと割れた黒い服を着ていて、そして目が赤い。体中から黒い気が出ていて、そこらの空気が震えていた。
アーノルドとリディアはその女性を見た瞬間に、リースでの出来事を思い出した。今、目の前にいるのはあのケプカと同じ「魔族」だ。
ラームとケプカの戦い,炎の雨を防げなかったこと,結果的にラームが犠牲になってしまったこと……先日の出来事が一気に思い出され,リディアは足が震えた。
五十人の勇者が一斉に剣を向けているが、そんなことは意にも介さず魔族の女性は柔らかな物腰で言った。
「私はラケルって言うの。よろしくね、勇者のみんな!」