「アーノルド様!」
魔物の巣へ向かう途中、先頭を歩いていたはずの金色の鎧の男が一番後方を歩いているアーノルドとリディアの元へやってきた。
「昨日から宿にいらっしゃることはわかっていたのですが……ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」
男は歩みを止め、兜を取り深々と一礼する。アーノルドも「そんな、丁寧にありがとう」と礼を返す。
「私、今回の作戦の指揮を取っております、ゴルドと申します」
ああ、だから金色の装備に身を包んでいるのか!ってことは、銀色の男はシルバ、銅の男はブロズって名前だったりして……なんてことは口に出さずに、リディアは黙っておいた。
「レベルについても拝見いたしました。失礼ながら、今回の魔物との戦いはアーノルド様には大変危険かと思われます」
む? とリディアは表情を曇らせる。アーノルドは自分のことながら、その通りと思っているので何も言わない。
「魔物は我々にお任せください。アーノルド様は泥棒勇者の捕獲をお願いいたします」
そう言って、ゴルドは網を一つ、アーノルドに手渡した。網は大した重さではなかったので、アーノルドでも持つことはできた。
「泥棒勇者は、恐らく我々が戦っている途中で魔物にとどめを差しに現れるはずです。そこを、この網を投げて捕まえてください。お願いいたします。」
ゴルドはリディアを見て言った。
「あなたは相当の実力者と聞いております。どうか、アーノルド様を魔物からお守りください。そして泥棒勇者捕獲にご協力を!」
そして深々と頭を下げる。……昨日はなんだか偉そうとか言って悪かったな、いい人じゃない。リディアは人を見た目で判断してはいけないな、と反省した。
ここまでが、つい数時間前の出来事。
◇◆◇
現在、勇者一行は魔物の巣の一番奥……洞窟の最下層に広がる開けた場所で大量の魔物と戦闘中である。
「おえええええっ!」
その入り口に一番近い場所でアーノルドは魔物の死骸を見ながら盛大に吐き続けていた。
「アーノルド様!」
リディアが駆け寄り、背中をさする。勇者たちの声と魔物の叫び声、さらに鎧と剣の金属音があちこちから聞こえ、血と汗と獣の匂いが洞窟中に充満する。
「だ、大丈夫。すまないね、どうしても慣れないんだ……」
「……実は私もです」
やはり、魔物といえども命を奪うというのは抵抗がある。リディアもアーノルドも魔物の巣で武器を取り出していない。
「グアアアアア!」
熊のような魔物が二人の前に現れて、両手を広げて襲いかかってきた。手の先にある爪が鋭く光りながら振り下ろされる。リディアが盾を構えてそれをなんとか防いだ。
「アーノルド様、お怪我は?!」
「大丈夫!」
リディアが腰にある剣に手をかけたとき、突然魔物の首が飛んだ。
「!?」
魔物の後ろにアダムがいた。彼が斧で一閃、魔物の首を切り落としたのだった。首をなくした魔物は、そのままアーノルドの目の前に倒れ、そして黒い気がアダムの腕輪に吸収されていった。
「大丈夫か、二人とも!」
と聞いておきながら、二人の返事を確認する間も無く、アダムは颯爽と他の魔物の元へと走っていった。
「……」
ぽかんとするアーノルドとリディア。魔物との戦いとはこれほどにも呆気なく終わり、そしてまた次の魔物と戦い始めるのか……。
自身の目の前に血を流して横たわる魔物を見て、「消えないということは作られたわけではないのか……」とアーノルドはつぶやいた。もしかしたら、この魔物にも家族が……いや、そんな考えは捨てないといけない。自分の命が危ないときは戦わなければ!
アーノルドは立ち上がり、ナイフを抜いて構える。リディアもそれを見て剣を構え、アーノルドと背中合わせになる……そしてリディアがアーノルドに囁く。
「アーノルド様は網の準備をしてくださいまし!」
戦いはかれこれ数十分は続いている。次から次へと湧いて出る魔物を、勇者たちはバッサバッサと切り倒していく。……強い。リディアは勇者たちの動きを見ながらそう思った。魔物の攻撃は盾を使って防ぎ、動きが止まったところを他の勇者が剣でなぎ払う。
とどめを刺すのかと思えば、そのまま他の魔物のところへ向かう。どうやら、「この魔物はこの勇者のもの」というのが暗黙の了解で決まっているようで、みんなが満遍なく魔物にとどめを刺せるようにしているようだった。