王都から北へ向かうこと数日。大陸の北の端、海に面した場所にテレジア王国第二の都市ポンボールはある。
港町としての顔も持つこの街は、多くの人々が集まり活気にあふれていた。つい数年前までは海の向こうにある他国との交流もあったのだが、魔物騒動以降は外国への行き来に制限がかかり人の往来が極端に減った。それでもこの地に住む人々は何とかたくましく日々を過ごしてきた。
そろそろ日が沈もうとしている頃。
アーノルドとリディアはこの街の外れにある宿屋を訪れていた。ここには勇者専用の宿屋があり、そこにレベルの高い勇者たちが集まっているのだという。
「ここですね、勇者専用の宿屋というのは……」
一見何の変哲もないちょっと大きめの宿屋のように思われたが、他と違うのは入り口に重装備をした門番が二人立っていることだった。
おそらく入り口で勇者かどうか、入るに値する者かどうかを判断しているのだろう。
アーノルドを先頭に宿に入ろうとすると、
「おっと、お前たち。待ちな」
と、門番二人が行く手を遮ってきた。
「ここは勇者専用の宿屋。しかもレベル30以上の勇者専用のな」
「腕輪は……つけているみたいだな。二人ともレベルの確認をさせてくれ」
アーノルドとリディアは門番に腕輪を見せる。アーノルドの腕輪はいつものように0が、リディアの腕輪は70の数字が浮かび上がった。
「な、70だって?」
門番二人も驚いたが、それ以上に驚いたのはリディアとアーノルドだった。
しばらくはリディアも自分のレベルなど気にしておらず、球体の中の数字を見ていなかった。
ああ、そうか。ラームさんの気が私の腕輪に入ったからだ、とリディアは先日の出来事を思い出した。レベル5から一気に70に上がるなんて……。ラームさんが魔族として相当の実力者だったことを今更ながらに実感した。
「ね、姉ちゃんは一体どんだけの魔物を倒したっていうんだ。レベル70といえばこの中でもトップクラスの実力者だぜ……」
「そして、その姉ちゃんの付き人……って、アーノルド様じゃねぇですか。どうぞどうぞ、お入りください」
門番が二人の前から横に退き、宿屋の扉を開けてくれた。
「ここの勇者たちは装備も凄いので、ぶつかって怪我とかしないように気をつけてください!」
アーノルドはテレジア王国の王子。ほとんどの国民が知っていて、親しみをもっている。それはこの門番たちも例外ではなかった。それがリディアは少し誇らしかった。
「こんにちは〜」
部屋の中は屈強な勇者ばかりが揃い、酒を飲みながら談笑を交わしていた。
先程の門番が言った通り、どの勇者も豪華な装備を身に纏っていた。黒光りする高級そうな鎧や、全身に刃がついた鎧、鷲の紋章がついた分厚い盾に赤く輝く大剣、それらを身につけているだけで強そうに見える。そんな勇者がたくさんいた。
彼らの話す内容といえば、どこどこに生息する魔物がレベルが上がりやすいとか、あそこの魔物はこういう攻撃が通じるとか、そのほとんどが魔物との戦いに関するものばかりだった。
まさに魔物を倒すために経験を積んできた勇者たちだ……アーノルドはその凄さを肌で感じた。
「いらっしゃい! ってアーノルド様!」
入り口で突っ立っていると、宿屋の主人らしき人物が二人を出迎えてくれた。
「さあさあ、どうぞこちらで記帳を!」と言って二人を受付まで連れて行く。リディアがささっと手続きを済ませ、割り当てられた部屋へ荷物を運んだ。
◇◆◇
「おっ、あんたは勇者の間にいた嬢ちゃんじゃねぇか。あんたも勇者になったのか!」
しばらくして二人が一階で食事を摂っていると、一人の勇者が声をかけてきた。鋼鉄の鎧を装備し背中に大きな斧を背負った、筋骨隆々のいかにも強そうな男だった。
リディアが勇者の間で受付をしている間に八百人弱の勇者を見送ってきた。彼女は一人一人を覚えているわけではないが、勇者たちにしてみれば最初に出会った緑色の髪の女性のことはよく覚えているのだろう。
「そして……おお、王子様。王子様も勇者になったんでしたね。ここに入ってこれたってことはレベルもそれなりってことでしょう」
その男は腕輪を二人に見せながら自己紹介をした。
「俺はアダム。レベルは38。よろしく」
二人もアダムに倣って自己紹介をする。
「レベル70と0って……そりゃ極端な二人だなぁ。しかし、リディアは相当の数の敵を倒したんだな、どこでそんなに稼いだんだ? 今度教えてくれよ!」
何だか気さくな人だなぁ、とリディアは思った。そして、レベルが0と知ってもアーノルドのことを悪く言わないアダムに嬉しくなった。ここにいる人は……王都の宿屋にいた勇者たちとは少し違うみたいだ。
「おっ、そろそろ勇者会議が始まるぞ。ここの勇者たちは一つの仲間みたいなもんでさ……ま、聞いていればわかるよ!」
部屋の二階から勇者が三人、ゆっくりと降りてきた。その姿に気づいた他の勇者たちが話をやめて酒を机に置く。そしてしんと静まり返る。この三人は別格だ。アーノルドとリディアはそれを肌で感じた。
三人のうち、真ん中にいる男がゴホン、と咳払いをする。金色の鎧に身を包み、鼻の下にある長い髭が特徴的だった。どうやらこの男が一番偉いらしい。
「では、これより勇者会議を始める。」
次に、右隣の銀色の鎧の男が話し始めた。
「今回話し合うことは一つ!」
続けて左隣の赤銅色の鎧の男が……はいはい、偉い順番に金、銀、銅の鎧を着ているってわけね。もう金色の鎧の人が全部話せばいいのに……とリディアはめんどくさそうに聞いていたが、内容を聞いてそうはいられなくなった。
「泥棒勇者捕獲作戦についてである!」