ああ……私ここで死んでしまうのね……死ぬ時って痛いと思っていたけど、全然痛くないんだ……
リディアは自身に全く痛みを感じないことを不思議がった。
アーノルド様……あとはお願いいたします。なんとか魔王を倒して、人間と魔物が仲良く暮らせる世界を作ってください……
あ、でもサーシャちゃんが言ってたっけ。「魔王を倒しても解決しない」って。あれ、じゃあどうして私たち魔王を倒す旅なんてしていたの?
……どうせ死ぬんだったら私も素敵な王子様と恋とかしたかったな……王子様って、アーノルド様のこと? きゃーあんな素敵な方と恋だなんて! 身分を考えなさい!
ううん? 私、死ぬ前なのに結構余裕じゃない? っていうか、私の腕ラームさんの右腕が掴んで前に引っ張ってない? あれ……もしかして、私、生きてる?
「ギギガ……ガ……」
ラームの声がおかしい。リディアがゆっくりと目を開けてみると、剣は自身の腹部ではなくラームの顔に突き刺さっていた。
「え!? ……どうして!」
ラームの右腕がリディアの手をゆっくりと離し、地面に落ちる。
そして、ラームの体と切り落とされた手足の全てが黒い気となって消えていく。そのまま全てリディアの腕輪の中に吸収された。
「……ありがとう」
リディアの耳元でラームの声が聞こえたような気がした。
部屋の中からラームが跡形もなく消えた。床に広がっていた黒い血も、リディアに付いた血の跡も、全て。まるで最初からそこにいなかったかのように。
「……」
リディアは声を出さずに泣いた。最後、ラームは自分で自分にとどめを刺した。
もしかしたら暴走する自分を誰かに止めて欲しかったのかもしれない。シスターと同じ場所で、一緒に最後を迎えたかったのかもしれない。全てリディアの想像に過ぎないが、そう思いたかった。
「アーノルド様……終わりましたよ……」
リディアが涙を拭き、優しくアーノルドを起こした。
しかし、彼女は気付いていなかった。
球体の中の数字が5から70に変わったことを。
そして、ラームの体が消えてしまったという意味を。
◆ ◇ ◆
場所は変わり、ここは全てが薄暗い世界。冥界と呼ばれている場所。
一人の青年がこの地に舞い降り、ここはどこかと周囲を見回す。そして、「ああ、やっと俺は死ぬことができたのか」と自分の居場所がどこなのかを悟った。
「ラーム!」
そう声をかけてきたのは一人の若い女性。青年にとっては懐かしい、かつて愛した人の、いやずっと愛していた人の忘れることなどできない顔だった。
「フィリア……!」
お互いに名前を呼び合い、そして抱きしめ合った。
「君は……変わらないね。」
「あなたこそ。」
二人は手を繋いで、薄暗い世界の先にある小さな光に向かって歩いて行った。