「シスター!!」
三人が悲しみに暮れている中、勢いよく部屋に入ってきたのは、国王ニクラス1世だった。他の修道女がシスターの様態を知らせに行ったのだろう。それを聞いたニクラスも息を切らせて走ってきたが、間に合わなかった。
「……シスター?」
ニクラスがゆっくりと歩みを進め、眠っているシスターに近寄る。アーノルドを始め全員が悲しみに泣き崩れているのを見ると、事態を悟ったのか目頭を押さえ空を仰いだ。
「父上……」
アーノルドがニクラスに声をかける。
「おお、アーノルド……惜しい人を亡くしてしまったな……」
と肩をふるわせながら、ニクラスが答えた。
「おや、この方は……?」
シスターの横で静かに泣いているラームを見て、ニクラスがアーノルドに尋ねる。
「……ラームさんです。リースの街に住んでいる、シスターの……友人です」
悲しみに暮れる中だったが、アーノルドは言葉を選んでラームのことを紹介した。魔族とはもちろん言えず、恋人……と呼ぶには年齢差が大きくおかしなことになるだろうととっさに判断してのことだった。
「あなたがラーム……シスターから話を伺ったことがあります」
ニクラスはそっとラームの肩に手を置いた。
ドクン
と部屋全体が脈打ったように一瞬、揺れた。アーノルドは一瞬目まいがしたのかと思ったが、リディアも同じように感じたようだった。二人で目を合わせ確認する。
すると、ラームが肩をふるわせ始めた。再びシスターの死を悲しんでいるのかと思ったらそうではなかった。拳を握り、唇をかみしめ、髪の毛は逆立ちはじめた。そして、目は赤く輝き、ニクラスを睨み付けていた。
「お前か……。お前がフィリアを……! 許さん、許さんぞォォォォ!!」
ラームが吠え、部屋全体が震える。次の瞬間、ラームはニクラスの首を掴み勢いよく部屋の壁にニクラスを押しつける。
「ぐうっ!」
その衝撃で壁にひびが入る。一体何が起きたのかわからなかったが、アーノルドとリディアは部屋にいた修道女にこの部屋から出るように指示をする。
「お前がァ」
ラームは怒りに我を忘れ、ニクラスに拳を振りかざす。間一髪でそれを避けたニクラスは体制を入れ替える。
「お前がやっタンダァァァ!」
するとラームは足でニクラスを蹴飛ばす。かろうじて両腕を交差させて防御したニクラスだったが、勢いに押されて吹き飛ぶ。その先にちょうどアーノルドとリディアがいて、二人にぶつかる形になった。三人は壁に叩きつけられて倒れてしまう。
「くっ……二人とも無事か!」
ふらふらと立ち上がり、ニクラスが腰に下げていた二本の剣のうち一本を抜く。アーノルドとリディアも不意を突かれたものの、なんとか立ち上がる。武器は取り出さない。
「お前たちは下がっていなさい。あれは人に化けた魔族だ。危険すぎる。」
「グオオオオオォォ!」
もはやラームは人の形をしていなかった。体が二倍以上の大きさに膨れ上がり、全身から黒いオーラが湧き出ていた。目は真っ赤に燃えさかり、髪の毛は逆立ち異形の存在となった。
「ラームさん……一体なぜ……!」
二人には信じられなかった。シスターをなくした悲しみが、ラームさんを暴走させてしまったのだろうか……? 生命力を使い果たしたはずの、ラームさんのどこにこんな力が残っていたというのだろう?
ニクラスが剣を持って構え、「ふう」と一つ息を吐く。
ヒュンと言う音が聞こえただけで何も見えなかった。次の瞬間、ラームの右肩がストンと切り落とされた。
「?!」
今、父上は剣を振るったのか? アーノルドにはニクラスの行動が何も見えなかった。恐ろしい速度で剣を振り、ラームの腕を切り落としたのだ。
「ギャアアァアァアア!」
先ほどよりも醜い叫び声を上げてラームが三人を威嚇する。
……が、気がついたときには左腕と両足がきれいな断面で切り落とされた。
速すぎて見えない! リディアも、ニクラスの動きについて行けなかった。
そして、両手両足を切り落とされたラームは、叫びながらその場に崩れ落ちた。ゆっくりとニクラスがラームに近づき、剣を振り上げ胸の中心に突き刺した。
「ガ……ガハッ……」
ラームの口から大量の血が吐き出される。ラームが自身に突き刺さった剣を抜こうとするが、手足がないのでジタバタともがくことしかできない。
その姿をニクラスはじっと見つめてボソリと呟いた。
「何が人間と仲良くするだ……そんな幻想には付き合いきれん……」
そして振り返り、アーノルドとリディアの方へ歩いてくる。そして腰に下がったもう一本の剣を抜き、アーノルドに手渡す。
「さあ、とどめはお前がさすんだ」