サーシャに向かって手を振っていたはずが、気がつくと王都の宮殿の中。目の前に礼拝堂の入り口があった。これが転移魔法……あまりの便利さに驚くアーノルドとリディアであった。
「ここに……フィリアがいるんだな……」
ラームが静かに言った。
命が尽きようとしているラームに少しでも早くシスターに会わせてあげたい。
アーノルドは急いで礼拝堂の扉を開け、名前を呼んだ。
「シスター!」
だが返事はなかった。
礼拝堂の中は慌ただしかった。以前訪れたときには姿を見かけなかった見習いの修道女たちが所狭しと動き回っている。一体何事だろうか、とアーノルドはそのうちの一人を呼び止めて尋ねた。
「どうしたんだい、そんなに慌てて。」
呼び止められた修道女はその声の主がアーノルドだと気づき、驚いた顔をしてその後すぐ目に涙を浮かべる。
「アーノルド様! ああ、シスターが……」
と、それ以上言葉にすることができず、アーノルドたちを部屋の奥へと連れて行く。ただならぬ雰囲気に、なんだかいやな予感がした。
「シスター!」
礼拝堂の一番奥にあるシスターの部屋に入ると、部屋の隅にあるベッドにシスターは横になっていた。眠っている……わけではない。目と口が微かだがあいていて、呼吸はしているのだがほんの少ししか空気の出し入れが行われていない。
その姿を見て、三人はシスターの死期が近いことを悟った。
「つい先日から、急にシスターの体調が悪化しまして……」
アーノルドを連れてきた女性が声を詰まらせながら説明する。
「お医者様の話では、今夜が峠だろうと……」
「そんな……」
リディアが声を出す。リースに行く前に会ったシスターにそんな兆候は全く見られなかった。元気そのものだったのに……一体どうして、とリディアも目に涙がたまる。
アーノルドは黙ってシスターを見つめる。言葉は発しないが、小さい頃からずっとお世話をしてもらってきた彼女に対して様々な想いがよみがえってきた。
そしてラームはふらふらとフィリアに近づく。そして上からのぞき込むようにして顔を近づけ、彼女にささやいた。
「……フィリア」
ぴくっとシスターの体が動いた……ような気がした。アーノルドもリディアも、ラームを黙って見つめている。
そのとき二人には、ラームの体からうっすらとした金色の光がシスターの体の中へ入っていくのが見えた。
すると、ゆっくりとシスターの目が開いた。
目の焦点が、自分を見つめている人物に……合う。その瞬間、
「……ラーム?」
と声を出し、シスターの目に大粒の涙が浮かんでこぼれ落ちた。それを見たリディアもつられて涙が止まらなくなる。
横に立っている修道女も、これまで動くことのなかったシスターが目を開け、言葉を発する姿に驚いて口を手で押さえる。
「フィリア……」
再びラームが彼女の名前を呼ぶ。
「……夢みたい。もう一度……会えるなんて」
シスターが今度はゆっくりと両手を伸ばし、ラームの顔を触る。
「あなたは……いつまでも変わらないわね……」
「君も……変わらないよ」
いつの間にか、ラームの瞳からも涙がこぼれ、それがシスターの頬に落ちる。
「よかった……」
そう言うと、シスターは顔をアーノルドとリディアの方を向いた。
「二人とも……こちらへ……」
ひっく、と鼻をすすりながらリディアとアーノルドがシスターの元へ近寄る。
彼女がゆっくりと差し出した手を、二人がしっかりと握る。
「……ありがとう」
シスターは二人を見つめにこっと笑った後、静かに目を閉じた。と同時に彼女の全身から力が抜ける。握っていた手もベッドにゆっくりと下ろされた。
「フィリア……」
ラームはそっと、動かなくなったフィリアの手を取り胸の前で交差させた。そして、人目もはばからずに涙を流した。
「うわああぁあ!」
それを見て、シスターが息を引き取ったことを実感したリディアは、声を出して泣いた。
アーノルドも声を上げることはなかったが、リディア以上に涙を流した。
そのとき、ドン! と勢いよく部屋の扉が開いた。