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第43話

 アーノルドとリディアが同時に彼の名を呼ぶ。

「ラームさん!」


 扉の前にはラームが立っていた。外見は先日リースで会ったときと同じ、若い青年の姿をしている。

 あれだけ壮絶な戦いをしたのに傷一つなく、いつもと変わらない彼がそこにいた。


「ようやく目を覚ましたか……ラーム。」


 サーシャが立ち上がり近づく。そしてラームを見つめ、彼の手を取り愛おしそうに握りしめる。ラームも同様に、優しいまなざしでサーシャを見つめる。


 リディアには、その光景がまるで母が子供を優しく見守るような感じがした。……外見的にはお兄さんが小さい妹をあやしているようなんだけど……とは思っても言わない。


「サーシャ様……ありがとうございました。」

「ずっと探しておったぞ! リースで怪しげな魔力を感じ取って……やっと見つけた」


 座りな、といってラームの手を引き椅子に座らせる。そしてそのまま台所へ行き、もう一人分の食事を準備する。


 食事の続きをしながら、ラームとサーシャは会話を続ける。アーノルドとリディアも食事をしながらその話を聞いている。


「今まで……すみませんでした……」

「元気にしていたか?」

「……はい。サーシャ様も大きくなられて」


 ほんの少しの会話だったが、二人にはそれで十分通じているらしい。リディアは二人の表情からそれを読み取った。

 アーノルドも会話の節々から「二人の間に何かあったんだろう」ということはわかったが、満足そうな二人の顔を見てあえて聞かない方がいいと思った。


 会話が止まってしまったので、リディアが口を挟む。

「ラームさん、もうお体は大丈夫ですか……」


「ん? ああ」


 ラームがリディアに向かって微笑んで答える。しかし,どことなく元気がない

ようにも感じられた。


 そこにサーシャが割り込んでくる。


「大丈夫なことがあるか! こやつは自分の生命力も魔力に変えてしまったから……もう生きる力もほとんど残っておらんのじゃ。もって、あと数日……といったところだろうな」


 数日、という言葉を聞いてアーノルドとリディアは目を丸くする。そしてすぐに表情が暗くなる。


「そんな!」

「僕たちのために……」


 アーノルドは拳を握りしめ、悔しがる。やはり僕たちがいなければこんなことにならずに済んだのではないだろうか、そんなことを考えた。


「勘違いするな。どうしてもあの場でやつを倒しておかないといけなかった。だからそうしただけだ。悔いはない」


 ラームは自分で自分の体のことをわかっているのだろう。その言葉の通り,悔いのない表情をしていた。


◇◆◇


 食事も終わり、四人がまったりしていると「……これからどうするつもりじゃ?」とサーシャがラームに尋ねた。


「……最後にどうしても会いたい人間がおりまして……そこへ」

 ラームの表情が若干緩む。


 リディアもアーノルドもすぐに誰のことかわかった。これからどうするか……つまり残りわずかな命で何をするか……せめて大好きな人のもとへ行きたいという気持ちが伝わってきた。


 サーシャにも誰のことかわかっていたようだった。


「……ああ、フィリアのことか。……懐かしいわ。今はどこにいるか見当は付いておるのか?」


「王都の礼拝堂でシスターをしているようです。」

そうだよな、とラームがアーノルドに確認する。アーノルドもそれに対してはいとうなずく。


「そうか」

 と言って、サーシャは席を立った。


「アーノルドとリディアもついて行ってくれぬか? われの転移魔法で礼拝堂の入り口まで送ってやろう」


ラームも立ち上がり、二人に向かって言った。

「すまないな、俺一人じゃ怪しまれてしまうからな」


二人は顔を見合わせ、うんと頷いた。それを見て、サーシャもにこりと笑って言った。

「では、出発の準備をしてまいれ。二人の荷物は寝室にまとめてあるぞ」




出発の準備も整い、後は転移魔法をかけるだけとなった。


「そうそう」

と言ってサーシャは両手を軽く合わせる。掌の中が光り輝き、それが凝縮されて

何かの形を成していく。魔法で何かを作ったようだ。


「リディア、これを身に付けてくれぬか」


 サーシャは手の中のものをリディアに手渡した。それは白い宝石が中心に埋め込まれたペンダントだった。


「これは……?」

「これを握って念じれば、いつでもここに飛んで来られるように魔法をかけてある。魔法のペンダントじゃ」


 ニコッとサーシャが笑って続ける。

「またいつでもここに遊びに来てくれ。ラビちゃんとモフモフしようぞ!」


「ぜひ!」


 早速リディアは手を後ろに回してペンダントを装着する。



「あー、そうそう。恋人も連れてくるときは……肩をこう、抱き寄せておけばよいから。手をつなぐだけじゃだめじゃぞ。ぎゅーっと抱き寄せる。ぎゅーっと!」


「!!」


 サーシャが身振りも加えて説明する姿に,リディアは顔を赤くして首を振る。


 アーノルドも驚いたように,

「リディアに恋人がいたのかい、僕もぜひ会わせてほしいね」

と話に乗っかってきた。


「……」


 ぶすーっとした顔をしてリディアはアーノルドを見つめると,


「なんじゃ、こやつニブチンかの!」

 サーシャはニヤニヤしながら二人を交互に見つめ始めた。


「わーっ、サーシャちゃんやめて!」

「姫様、こりゃ前途多難だな」

 ラームまで笑顔を浮かべながら会話に入ってきた。アーノルドは自分のことを言われているのを知ってか知らずか、一緒になって笑顔を浮かべる。


 改まって、リディアとアーノルドがサーシャにお礼を言う。

「お世話になりました!」


「また会おうぞ!」


 サーシャが両手を広げ,三人に向ける。すると目の前の空間が歪み、それに飲み込まれるようにして三人は姿を消した。




 騒がしかった部屋が一瞬にして静かになる。


「ラーム……また冥界でな」


 サーシャの瞳から涙がこぼれたように見えた。



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