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第42話

「自己紹介がまだじゃったな。われの名はサーシャ」


 食事の手を一旦止めて、サーシャが話し始めた。


「ここの森に別荘を構えて住んでおる……まあ、気兼ねなくゆっくりしていってくれ」


 アーノルドも同様に食事をやめ、名前とお礼を言う。


「助けていただいてありがとうございました。あのままでは確実に死んでいました」


「ま、ラームを助けるついでだったからの。それに……でラビちゃんのお墓を作ってくれたのはそなたであろう? その感謝の意味も込めてな」


 サーシャもアーノルドに向かって礼を返す。


「ラビちゃん……?」


「ラビティのことです、アーノルド様。」

 横からリディアがこっそり教えてくれた。


 アーノルドはどうしてそのことを知っているんだろうと思ったが、きっと魔族には魔族でそういうことを知る魔法があるのだろうと勝手に納得する。


「ラビちゃんは、もふもふしていてとっても可愛い魔物なのじゃ! 外にも数匹飼っておるんだが、それはもう魔界一可愛いと言ってもいいくらいで……それにな、喉をさするときゅうきゅうと鳴いてとっても愛くるしくて……そうそう匂いもたまらなく良くてな……あぁ、早く匂いを嗅ぎた……」


 サーシャは興奮してついラビティのことを早口で熱く語ってしまった。わかります、とにこにこしながらこちらを見つめるリディアと、ぽかんとしているアーノルドに気づき、

「ごほん」

 と咳払いをして改めて真顔になって話を続ける。


「おぬしのことはリディアから色々と聞いたぞ。魔王を倒すために旅をしているんだとか」


「はい」


「魔王を倒してどうするつもりじゃ?」


「魔物が人が争うことのない平和な世界を作りたいと思っています」


 真剣な表情になったサーシャに対して、アーノルドも真剣な表情で受け答えをする。


「ほう、魔王を倒せばそれが叶うと」


「そう信じてます」


「残念だがそうはならんぞ」


 二人はえっ、と声を出してサーシャを見つめた。彼女の表情は真剣なまま変わらない。


「魔王は魔力を制御する存在。魔王を倒すと逆に魔物たちは暴走するぞ」

 確かラームも同様のことを言っていた。どうやら魔王に関する話は本当らしい。


「ではどうすれば……」


「なあ、われも困っておるのだ」


 サーシャは魔法で空中に映像を映し出した。金色に光る握りこぶしほどの大きさの宝石が空中に現れる。


「元々は魔王城に『魔の宝珠』と呼ばれる宝石があってな、それが魔物の魔力の源なのだ」

 へえ、これが……とリディアが触ろうとするが実態はなく、手がすり抜けてしまった。ほっほっほ、それは魔法で作り出した幻影じゃ。本物ではないぞ、とサーシャが言う。


「魔王はその力を上手に使い、皆に魔力を分け与えたり、暴走しないように制御しておるんじゃ」


 ここで映し出された宝石が消える。


「しかし数年前、その宝珠が何者かに奪われてしまってな。それからというもの、制御が効かない魔物が出てきおったというわけなのじゃ」


「じゃあ、その宝珠を取り戻せば魔物たちが人間を襲うこともないってことですか?」


 リディアがサーシャに尋ねると、「恐らくな」と返事をした。


 しかし、それを聞いてアーノルドは少し困惑する。


 そうであれば、リースでの戦いの説明が付かない。


 ケプカは「魔王様の命令でラームを消す」と言った。そのために躊躇なくリースの街を破壊した。これも魔物の暴走といえるのだろうか? いや違う。明確な意思をもって行動していた。あれは魔物の暴走ではない、と思う。


 さらに戦いの最後、ケプカは魔王から魔力を分けてもらって強くなった。サーシャの話が正しいとするならば、魔王は宝珠が奪われて魔力の制御ができないはずなのに……。魔王がケプカの魔力を制御していたのは間違いない。


 さらにアーノルドはケプカの「魔王様はもうお前の知っている魔王ではないのだよ」という言葉を思い出した。もしかして、新しい魔王が誕生したとか……?


 考えれば考えるほどわからなくなる。


 そんなアーノルドの心の内に気づかないリディアが楽観的に言った。


「魔王を倒さなくてよかったですね、アーノルド様!」


「よかった?」

 サーシャが不思議そうな顔をして聞く。


「はい、アーノルド様は心優しいお方ですから……できるだけ命を奪わずに物事を解決する道を探しているのです……いい魔物や魔族もいると、ラームさんに教わりましたから」


 リディアがアーノルドの代わりに言う。



「ケプカみたいな最悪な奴もいるけどな」


 扉の方から声がした。



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