気がつくとアーノルドは真っ暗な世界にいた。
「……ここは?」
何が起きたのか考えてみる。
ケプカとラームさん、二人の魔族が戦っていて、僕たちは見ていることしかできなかった。
黒い炎が空を覆い、魔法の障壁も砕け散ってしまって……。
そして、この真っ暗な世界。
ああ、僕は死んだのか……魔王を倒すなんて言ってみたものの、結局魔物すら倒せず……。
だけどラームさん……僕たちがいなければ全力で戦えたのではないだろうか。戦いの最中も僕たちに気を配り、守ってくれた。
そして、リディア。彼女も一緒に死んでしまったのだろうか……あのとき「一緒に旅に出よう!」なんて誘ってしまったばかりに……僕が殺してしまったようなものだ。
……
それにしても、お腹が空いたなぁ。
……向こうからいい匂いがする。
あれ、死んでも五感って存在するのかな……?
……
……
違う! 僕はまだ生きている!
アーノルドは目を開き、勢いよく体を起こした。
どこかわからないが、綺麗に整えられた部屋だった。……どこかの宿屋……ではなさそうだ。なんとなく雰囲気が違う。そしてすぐそばに人の気配がした。
「……アーノルド様……?」
目の前には心配そうに見つめるリディアの姿があった。そして、
「よかったぁ、1週間も目を閉じたままで……私もう……!」
と涙を流して喜んだ。
……僕はそんなに倒れたままだったのか。アーノルドは自分の体を確認するように、両手両足の指を動かしてみる。
何事もなく動く。痛みもない。どこも怪我をしていないようだ。体にかかった肌掛けを払い、体の様子を見てみる。確かにケプカの炎を体に受けたはずだが、火傷の跡一つさえない。
アーノルドにはまるでリースでの出来事が夢だったかのように思えてきた。
「リディアは無事なのかい?」
「はい、元気です! 私も何がなんだかわからなかったんですけど、傷一つありません!」
そう言ってリディアは袖をまくって素肌を見せる。アーノルドと同じように火傷の跡一つなく、綺麗だった。
よかった……アーノルドも安心して笑顔を見せる。すると、ぐぅとお腹がなった。
「そうだ、ちょうどお昼ご飯です。一緒に食べましょう、アーノルド様!」
寝ていた部屋から出ると台所があり、そこで小さな女の子が料理をしていた。エプロンをつけてお玉を持ち、鍋の中身をかき混ぜている。
「サーシャちゃん、アーノルド様が目を覚ましました!」
リディアから、サーシャと呼ばれた女の子は手を止め振り返った。
黒く長い髪が後ろで一つにまとめられていて、大きな目が印象的だった。
「おお、目覚めたか! そろそろだと思っておった!」
そう言って軽く手を振りかざすと、鍋にかかっていた火が消える。アーノルドはそれを見て、彼女も魔族なんだろうと推測する。
「食事をしながら話をしようかの」
食卓の上には三人分の食事が並べられた。スープにパンという質素なものだったが、しばらく食事を摂っていなかったアーノルドにとってはご馳走だった。
「どうじゃ、リディア。今日のスープの味は?」
「最高です! サーシャちゃんの作る料理が美味しすぎて、いつまでもここにいたいくらいです!」
「ほっほっほ! もっと褒めてよいのだぞ!」
なんだか僕が寝ていた間に、二人はずいぶん仲良くなっているようだ。アーノルドはそんなことを思いながらスープを口に運ぶ。これまでに食べたことのない上品な味わいだった。
「おぬしもスープの感想を教えてくれぬか。」
サーシャがアーノルドに向かって尋ねる。
「……これまで食べたどのスープより美味しいです。」
その答えを聞いたサーシャはうんうんと満足そうな笑顔を浮かべた。
「そうじゃろう! だって、魔の森で採れた特製の野菜を使っておるからの!」
今回は、リディアはスープを吹き出さなかった。