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第40話

※ 「035 敗北」の話の続きです。



 ◇◆◇




 リディアが目を覚ますと、そこは見たこともない部屋だった。宿屋……ではなさそうだ。雰囲気が違う。

 白塗りの壁に光を取り入れるための大きめの窓が一つ。その窓からは木々が生い茂っている様子が見えた。……どこかの森の中の家……だろうか。


 ふと横を向くとそこにはアーノルドが目を閉じて横たわっていた。


「アーノルド様!」


 リディアは慌てて起き上がり、アーノルドを揺さぶってみる。しかし全く起きる気配がない。

 まさか……と思ったが、胸がかすかに上下するので呼吸をしていることはわかりほっとする。



 リディアの声が大きかったのか、扉が開き一人の女の子が入ってきた。黒い髪を後ろで一つにまとめた、かわいらしい女の子だった。


「おお、目覚めたか」

 嬉しそうに女の子がリディアに近づいてきて言った。


「あなたは……」

「われはサーシャ。おぬしの名前は?」

 なんだかすごく古風な言葉遣いをする子だなと思いながらも口には出さず、返事をする。


「リディアといいます。」

「傷はどうじゃ、まだ痛むかの?」


「いえ……あれ、確かリースの街で炎が降ってきて……」


 そうだ、私はついさっきまでケプカという魔物と戦っていたはずだった。……いや正確にはラームさんが戦うのを近くで見ていた……が正しいか。魔族同士の魔法の打ち合いがあって、雷が鳴ってケプカが炎の雨を降らせた……。私たちはそれを直撃したはず……ってことはここは天国?


「んなわけあるかい!」

 リディアの心の声は全部口に出していたようだった。思わずサーシャがつっこむ。


「その大ピンチをわれが魔法で『えい!』 と助けたというわけじゃ!」


「そうだったんですね、ありがとうございます」


 魔法を使うってことは、この子も魔族ってことだ。でも助けてくれたってことは、ラームさんがいう「いい魔族」なんだろう。


「ほっほっほ、もっと礼を尽くしてもよいのだぞ!」

「……正直命はないと思っていました。本当に感謝いたします」


 何度もお礼を言うと、サーシャはにっこり笑って喜んだ。ああ、かわいい女の子だなぁとリディアは思った。続けて、周りを見渡しながら尋ねる。


「それで、ここは……」

「ここはわれの別荘のようなところじゃ。元気になるまで気にせず自由に使ってくれ」


 小さな女の子なのに別荘を持っているなんて、魔族のお姫様か何かなのかしら……お姫様かぁ……いいなぁ……というくだらない妄想をしていることに自分で気づき、リディアは一気に現実に戻る。


「そうだ、アーノルド様とラームさんは無事なんですか?」


「ああ、なんとかの。われの回復魔法は強力じゃから、いずれ意識を取り戻すだろう」


 と言ってサーシャが両手をアーノルドに向ける。すると白い光が浮かび上がりアーノルドの体を優しく包み込んだ。

 きっとこれが回復魔法なんだ。しかし、その魔法を受けてもアーノルドは目を覚まさない。きっとまだ起き上がるほどに回復していないということなのだろう。


 そこでリディアに一つの疑問が生まれた。


「どうして私だけ先に目覚めたのでしょうか?」


 三人とも同じように炎の雨を浴びたのだ、受けたダメージはほぼ同じはず。それにサーシャが答える。


「魔法で助けたときに、おぬしをかばうようにしてこやつが覆い被さっておったからの……ほとんどの攻撃を浴びたのじゃろう。おぬしは火傷もたいしたことなく,回復が早かったというわけじゃ」


「そうだったんですね、アーノルド様……私をかばって」


 全く記憶にないことだった。覚えているのは目の前が真っ暗になって黒い炎が落ちてきたところまでだった。


「きっと、おぬしのことを大切に想ってるんじゃろうな」


「えっ?」

 思わず声が裏返る。


「だって、そうじゃないと命の危険を冒してまで守ろうとはせんじゃろ?」

「……それって」


 リディアの顔がみるみる赤くなる。それを見てサーシャの口角がぐっと持ち上がる。


「みなまで言わせるか? 好かれとるんじゃよ!」


つんつん、とサーシャがリディアをつっつく。


「きゃー!」

と、リディアは両手で顔を覆う。ぶんぶんと首を振りながら嬉しそうにしていた。


「かっかっか! 面白いやつじゃの!」


 サーシャはリディアの反応を気に入ったようだった。そんな話をしていると開いていた扉からラビティが一匹、部屋の中へ入ってきた。


「あっ,ラビちゃん! 勝手に部屋には行ってきちゃだめじゃないでちゅかぁ!」

と言って,それをサーシャが捕まえて抱き上げる。


 突然サーシャの言葉遣いがおかしくなった。どうやらラビティに対しては赤ちゃんことばになるらしい。呆気にとられて見ているリディアに気づき、ごほんと一回咳払いをしてから,「もう、ダメじゃろ。」と言いながらも撫で回した。


 きゅう、という鳴き声をあげてラビティが尻尾を振る。嬉しそうにしているのが伝わってきた。リディアが言う。


「ラビティ……飼っているんですか? かわいいですね!」


「おっ、おぬしもラビちゃんの可愛さがわかるくちか、……触ってみるかの?」


 そう言って差し出されたラビティをリディアが抱っこしてみる。ラビティは少し戸惑った様子だったが、リディアの匂いを嗅ぐと「いい人」と判断したのだろう。リラックスして自分の顎をリディアの腕に乗せてくつろいだ。


「わ、もふもふ!」

「じゃろう? これがたまらないんじゃ! 顔を埋めて匂いを嗅ぐだけで幸せな気分に……ああもう我慢ならん!」


 サーシャがラビティに顔をうずめ、匂いを嗅ぐのを見てリディアも真似してみる。獣臭さはせず、何か甘い匂いがした。


「ほんとだ、これくせになりますね!」


「おお,われらラビちゃん好きのいい友達になれそうじゃな!」


 サーシャは大変満足そうだった。リディアがラビティを返すと、「ほら、外に行くんでちゅよ」といって魔法をかけて外へ出した。


「さて、おなかもすいたじゃろ。食事にしようか。」


「いただいていいんですか?」


「もちろんじゃ。魔の森で採れた野菜は絶品だからの!」


「え?」

 今何とおっしゃいました……? と尋ねると、サーシャの口から信じられない答えが返ってきた。


「あれ、言っておらんかったか。ここは魔の森にある私の別荘じゃ。」


「ええええ?」

 部屋中に響く声を出しても、アーノルドは起きなかった。

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