※ 「029 四人の勇者」の話の続きです。
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「おらおら、勇者様のお通りだ! 道を空けろよ!」
四人がリースの街の道の真ん中を我が物顔で歩いている。住民はできるだけ関わらないようにと道の端っこに移動し、そして下を向いて顔を合わせないようにする。
「サンドドラゴンの討伐、俺ら四人いれば、楽勝っしょ! ま、金もらえねぇならしないけど」
「でもあのジィさん、金がねぇとかどんだけだよ!」
「勝手に退治して、あとから金を請求するってのはどう?」
「むしろ金払えないなら、代わりにこの街支配するってのもありじゃね?」
と、知性のかけらもない会話が続いている。
彼らはリースの外れにある収容所出身で、元犯罪者たちである。
勇者制度が始まってしばらく経ったときだった。
リースの収容所に、王都からやってきた役人が勇者の腕輪を大量に持ってきた。「この腕輪を付けて魔物を倒すのであれば、牢から出ることができる」という誘いを、多くの犯罪者たちが興奮気味に受け入れて勇者となった。
勇者には「国民を傷つけてはならない」という決まりがあるので、直接的に犯罪行為をすることはなくなった。
もしも犯罪を犯してしまうととんでもないことが起きると言う噂も広まっていたこともあり、「国民に対しては」以前より比較的無害な存在となった。
その代わりに元犯罪者の勇者たちは、魔物を容赦なく虐殺するようになった。
この四人、最初のうちは勇者様と称えられて気分をよくしていたが、だんだんとそれが当たり前になってきて本来の人間性の悪さが際立ってきた。
最近は魔物を倒してもなかなかレベルが上がらず苛立っていることもあり、住民に対して犯罪は行わないが、極めて横柄な態度を取るようになってきた。
「お前、実は人間に化けた魔物だったりしねぇだろうなぁ?」
と言って、勇者の一人が怯えている老婆に向かって剣を向ける。それを見て他の三人が慌てて止める。
「やめろって。国民を傷つけちゃいけねぇって!」
「うるせぇ! 傷はつけてねぇよ!」
「魔物が人間に化けるとか聞いたことねぇし!」
「わかんないぜ、もしかしたら人間そっくりの魔物もいるかもしんねぇぞ!」
「とにかくやめろ。今日リースを立つんだろ!」
「俺に指図すんじゃねぇよ!」
といったやりとりの中で、偶然剣の切っ先が老婆の肩に触れた。わずかではあるが血がにじむ。
「ううっ……勘弁してくださいませ……」
肩を手で押さえてうずくまる老婆を見て、剣を向けた勇者は一瞬しまったという顔をしたが、すぐに強気な態度に出る。
「お、お前が動いたのがいけないんだぜ! 俺はただ……」
その瞬間、空が闇に覆われた。
「!?」
勇者たちもその異変に気づき、空を見上げる。それは闇ではなく無数の黒い炎の塊だった。空を埋め尽くすほどの黒い炎が勢いよく落ちてきて、近くの家屋に直撃した。壁が崩れ、土煙が立ちこめる。
「うおおおぉ!?」
何が起きたのか理解できない勇者たちだったが、次々と降り注ぐ炎が辺りの家屋を破壊していく。視界が煙にまかれて何も見えなくなる。
「おい、お前のせいだろ!」
「嘘だろ? 少し傷つけただけだぞ!」
「……これが噂で聞いた『とんでもないこと』なのかよ……」
視界が遮られている中、炎が街を破壊していく音が止まらない。その間、四人の勇者は自分の身を守ることだけに集中した。
しばらくして音が止まり、視界が開けてきた。
「なんだよこれ……」
勇者たちが辺りを見渡すとリースの街は崩壊していた。ほとんどの建物は崩れ、瓦礫の下敷きになっている者、それを助けようとしている者たちの悲鳴が聞こえる。
「た……助けてやらないと!」
一人がそうつぶやいたとき、信じられないことが起きた。なんと、相当な重さの瓦礫が宙に浮き始めたのだ。助けようとしていた人々が驚きながらも、必死になって下敷きになっていた者の体をつかんで助け出す。
そんな中、別の勇者が空を指さして言った。
「おい、あれ見ろよ!」
遠く離れた空中に人が一人浮かんでいた。人間が空に浮かんでいるなんてありえない。四人の勇者はそれを神様だと勘違いした。
「ほら、お前がバァさんを傷つけるからこうなったんだ!」
「ちげぇよ! あれはたまたま……」
「あの神様お前を探してんじゃないの?」
「神様! こいつです! こいつが悪いんです!」
「あっ、てめぇ! 俺を売りやがったな!」
空に浮かぶ神様が一瞬光った。と同時に轟音と黒い炎の塊が一つ、こちらに向かってきた。
そして四人の勇者の後ろにある、まだ姿を保っていた建物に命中した。激しい音を立てて建物が砕け散る。自分と同じくらいの大きさの瓦礫が飛んできて、目の前に落ちた。
「うわああぁ!」
勇者たちも、近くにいた者たちも悲鳴を上げる。
神様が俺たちに怒っている。勇者の規則を破ったから天罰が下ったんだ……。
四人の勇者たちは半べそをかきながらその場から逃げた。