ラームの家は完全に崩れてしまった。天井も壁も全てがなくなった。アーノルドたちのいた場所にも大量のがれきが積み重なっていた。
「大丈夫か、二人とも」
ラームが魔法の障壁を作り落下物から身を守ってくれたおかげで、三人は幸いにも無傷だった。突然の出来事に驚いたアーノルドとリディアだったが、周囲の様子を見てさらに驚いてしまった。
「リースの街が……!」
ラームの家と同様にほとんどの家屋が倒壊し、辺り一面がれきの山になっていた。街の人々は泣き叫び、倒れた建物の下敷きになった者たちを助けようと必死だった。
「一人でも多く助けるんだ!」
ラームがそう言って魔法の障壁を解く。その瞬間、
「やっと見つけた!」
と上空から声がした。
三人が見上げると、そこには腕組みをしたまま宙に浮いている男がいた。
黒髪の長髪に黒色の服を身にまとい、靴まで黒に統一していた。ぱっと見ただけでは人間としか思えない姿をしている。
しかし、宙に浮いているこの男はどう見ても人間ではなかった。その証拠に、瞳だけが真っ赤だった。
こいつはやばい。骸骨の魔物なんてかわいいものだ。リディアは見ただけでこの男の強さを感じ取り、身動きがとれなかった。目には見えないけどこの男から発せられる圧みたいなものに足が震える。
アーノルドもこの男の強さを感じ取っていた。腰を低く、男の圧に吹き飛ばされないように我慢していた。そして、すぐさまシスターの言葉を思い出した。
――魔王があなたを狙っています。気をつけて
まさか……この男が……魔王?
「あんたがラームだな?」
男はリディアとアーノルドに見向きもせずに、ラームの方を向いた。ラームだけが男の圧に押されることなく、平然と立っていた。
「だれだ、お前は?」
ラームは男を睨み付けながら、少しだけ指を動かす。すると町中のがれきが一斉に少しだけ浮かび上がった。街の人々は奇跡のような現象に驚きながらも、必死になってがれきの下敷きになった者たちを助け出す。
「俺はケプカ。いずれ魔王様の右腕になる男さ」
ケプカと名乗る男は、崩れた街を見回しながら言った。
「あんたがいけないんだぜ。魔法で自宅を隠すから……だからこうして建物を壊して見つけるしかなかったんだよ」
ケプカは街外れにある倒壊していない建物に向かって掌を伸ばす。ぐっと力を込めると掌から黒い炎の塊が飛び出し、勢いよく飛んでいった。大きな崩落音とともに、建物が一つ崩れ落ちた。遠くから人々の悲鳴が聞こえる。
「人間を助けるために魔力を使うなんてもったいない。どうせこのあとみんな死ぬんだから」
「貴様……」
「それに……その程度の魔力じゃ俺には勝てないよ」
ケプカが再び掌の上に黒い炎の塊を作り出す。先ほどのものよりも大きく、バチバチと音を立てて周囲の空気をも巻き込んでいる。
「魔王様の命令でね、あんたを見つけて消せ! だって。隣にいる人間も運が悪かったね、一緒に消えてくれ」
魔王の狙いは自分じゃなくてラームさんだった? ……なぜ彼を? アーノルドは、ケプカの圧に押されて未だに動くことすらできない。リディアも同様だった。
「魔王が俺を消せだって? あの人がそんなことを言うわけがないだろう」
「残念だったね、魔王様はもうあんたが知っている魔王ではないのだよ」
余裕の笑みを浮かべながら、ケプカは掌の上の黒い炎の塊をさらに大きくする。それは三人を飲み込んでしまうほどの大きさになった。
「じゃ、さよなら」
黒い炎の塊が放たれる。
あ、これはもうダメだ。助かる方法が思いつかない。リディアは動けない体で覚悟を決めた。アーノルドも歯を食いしばる。
しかし三人の体に当たる寸前で黒い炎は跡形もなく消滅した。
「!?」
アーノルドとリディアと同様に、ケプカも驚いた表情でラームの方を見た。一瞬の間に魔法の障壁を作り、ケプカの炎をかき消したのだ。
「その程度の炎じゃ俺には勝てないな」
ラームも掌の上に炎を作り出す。
それはケプカのものより大きく、金色に輝いていた。