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第34話

「……?」


 アーノルドもリディアも無言のまま、なにも言い返すことができなかった。何が何だか状況がさっぱり理解できていない。


 今、自分の目の前にいる男は自分から「魔物」と言った。本当に? ただの人間が嘘をついているとも考えられる。しかし、先程の魔法のようなものを見せられると信じる気にもなってしまう。


 頭の中が整理できないまま、アーノルドが尋ねる。


「先程のご老人はどこへ?」


 ニヤリとラームは笑い、指をパチンと鳴らした。すると彼の姿形がみるみる変化していき、先程のぼろを着た老人の姿になった。体が一瞬で別人へ変化するのを目の当たりにし、アーノルドの背中がぞくっとした。


 魔物は姿を変えることができる! しかも全くばれない精度で……


「長くこの街に住んでいるもんでな……それ相応の姿にしないと怪しまれてしまうじゃろう?」

 再びラームの姿が老人から、青年に戻る。


「この姿が俺の元々の姿。魔物は基本的に長生きで……ほら、魔物と言っても見た目はほとんど人間と変わらないだろう?」


 そう言って、両手を広げる。リディアがラームを観察して、人間との違いを見つけようとするが……わからない。何も違いが見つけられない。今、目の前にいる青年は人間にしか見えなかった。


 二人ともただただ無言だった。


「……何か反応してくれると嬉しいんだけどな」


 ラームは苦笑いして頭をかく。そして二人に「どうぞ」と目の前のお茶とお菓子を勧めて、自分もカップを持ちお茶を飲む。

 「どうぞ」なんて言われても、自分のことを魔物だという人物が魔法のようなものを使って用意したお茶とお菓子を食べる気にはならなかった。


「……ご心配なく。毒とか入ってないよ」


 安心させるようにラームも目の前のお菓子をぽいと口に放り投げる。


 恐る恐るリディアは目の前のカップを持ち、お茶を一口飲んでみた。


「……おいしい!」

 今まで飲んだことのない味がして、思わず声を出してしまう。


「だろ? 魔の森でしか栽培されていない茶葉を使っているからね、人間で飲んだことあるのは君が二人目だ」


 ぶーーーーーっ! とリディアが二口目のお茶を吹き出し、机を汚す。カップに口をつけていざ飲まんとしていたアーノルドも動きが止まる。


「はっはっは、別に毒じゃない。ただのお茶だよ」


 ラームが手を振りかざすと、汚れた机が一瞬で綺麗になった。


「さて、何か聞きたいことがあってやってきたんだろう?フィリアからの頼みだ。知っていることはなんでも答えてやろう」


 少し場が和んで、柔らかい雰囲気になった。


「あ、はい。いいですか?」

 まずはリディアが尋ねる。


「えっと、フィリアって……誰ですか?」

 それを聞いてラームが目を丸くする。


「お前たちはフィリアから頼まれてここにきたんじゃないのか?」


「もしかしてシスターのことだろうか?」

 アーノルドが口を出した。小さい頃から「シスター」としか呼んでいなかったから本当の名前を知らなかった。……いや、名前を教えて貰ったことすら記憶にない。


「そうか、今はシスターになっているのか。彼女らしいな」

ラームがまたお茶を口にする。


「彼女もそろそろ80歳くらいか。年月の経つのは早いものだ」

 そんな若い姿で何を知った風に、とリディアは言おうと思ったがやめておいた。


「ああ、俺は今283歳だ」

 何も言っていないのにどうして! はっ、もしかして魔物って人の心を読めるのかしら! とリディアは焦る。


「ちなみに、心を読んだわけじゃないぞ。顔に書いてあった」


 ははは、とラームが笑う。「いくら魔物でも心を読むことはできないよ」と付け加えた。


「ちょっと昔話をしてもいいかな……?」


 二人が無言でうなづくと、遠い昔を懐かしむようにラームは話し始めた。


「70年ほど前、とある魔物同士のいざこざに巻き込まれてしまってね。深傷を負ってしまった俺は森の中で一人死を待つ状況だった。そんな時に助けてくれたのがフィリアだった。彼女は見ず知らずの俺を家まで連れ帰り、必死で看病してくれた」


 あらあら、そこからまさか恋物語とか始まるのかしら……とリディアは思った。


「完全に体力が回復した後、すぐにお礼を言って別れればよかったんだが……お互い惹かれあってしまっていたんだ」


 きゃーっ、やっぱり! 魔物と人間の禁断の恋! なんて素敵なのかしら……黙ったままだが心の中でリディアは若干興奮していた。


「……魔物と打ち明けたんですか?」

 アーノルドが冷静に問う。


「ああ。それでもフィリアは驚きもせず、俺を受け入れてくれた。それ以来、二人で会うようになった。そして、魔物の世界のこと、人間の世界のこと……いろいろな話をした。こっそり魔の森にも連れていったな……彼女はその全てに目を輝かせてくれた」


 ラームがアーノルドの首飾りを指差して話を続ける。


「その首飾りは俺がフィリアに与えたものだ。……洞窟でも砂漠でも、魔物に遭わなかっただろう? 並大抵の魔物は寄せつけないくらい、強い魔力が宿っているからな」


 あ、なるほど。とリディアは思った。

 洞窟も砂漠も魔物に遭わないのは運がいいと思っていたが、シスターからもらった首飾りのおかげだったというわけだ……もし持っていなかったら……と考えるのはやめておいた。


「聖水も作り方を教えたのは俺だ。人間で作れるのは彼女くらいだろう」


 ラームが指を数回動かすと、アーノルドの腰の荷物入れから聖水がすうっと出てきて、机の上に置かれた。ラームはそれを手に取り、中身を見つめる。


「さすがフィリア、完璧な出来の聖水だ。教えたことを今でもしっかり覚えているんだな……」


「……シスターのことが大好きなんですね」

 リディアが、聖水を見ながら幸せそうな笑顔を見せているラームに言った。


「ああ、フィリアは俺が心を許せる唯一の人間さ」



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