「おはようございます……ラームさん、いらっしゃいますか?」
街で会った老人に教えられたとおりの家の扉をたたき、リディアが呼びかける。しばらくするとゆっくりと扉が開き、中から一人のぼろを着た老人が顔を出した。
「誰じゃ?」
その老人は、頭の先からつま先までジロジロと二人の姿を観察する。
「あの、私たち王都のシスターに頼まれてお届け物を持って参りました。」
リディアがそう言うと、
「あいにく、私は何も頼んでいないよ。人違いではないかな。」
と返事をして、老人は扉を閉めようとした。
「お待ちください! これを……」
アーノルドが腰の荷物入れから、シスターから渡すよう頼まれた聖水を取り出す。そうして体を動かした際に首元から竜の形の首飾りがこぼれ出た。
「!?」
老人はその首飾りを見ると目を丸くして驚いた。
「その首飾りは……?」
二人に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったが、それを聞いてアーノルドは首飾りを手につかみ老人に見せる。すると大げさに、
「おお、そうじゃった。頼んでいたのを忘れておった!」
と言って、二人を強引に部屋の中へ引き入れた。
そして静かに扉を閉め、内側から鍵をかけた。扉が閉まると部屋の中は窓一つなく薄暗く、物らしい物は何もなかった。
すぐさまアーノルドは後悔した。
何も考えなしに部屋の中へ入ってしまった。しかも鍵も閉められた。
「魔王があなたを狙っています」
もしこれが魔物の罠だったら? アーノルドはとっさにナイフに手をかける。しかし、老人はアーノルドの行動に気づいても、全く意に介していない様子だった。
「どうぞこちらへ」
老人が手をかざすと正面の壁が消え下へ続く階段が現れた。「えっ?」とリディアが驚いて声を上げるが、彼はお構いなしに階下へと進んでいく。
二人が降りるのをためらっていると「心配なさらずに、どうぞ」と下から声が聞こえた。
「行こう」
アーノルドがリディアよりも先に階段を降りる。慌ててリディアも後に続く。
階段の先は広い部屋になっていた。先ほどの何もなかった部屋がうそかのように、生活に必要な物、机に椅子,ベッドに棚、炊事場に至るまで完璧に整えられていた。そのどれもが年代を感じるものばかりだったが、壊れたり色褪せたりしておらず、これまで丁寧に使われてきたことがわかった。
二人がその部屋に見とれていると、先ほどの老人が「さて」と声をかけた。
「その首飾りはフィリアに渡したもの……どうしてあなたがお持ちなのでしょう」
フィリアって……だれ? 首飾り? どういうこと? 私たちお使いに来ただけなんじゃ? リディアの頭の中が混乱する。アーノルドもどこまで話していいものか、少しためらっているようだった。
「いや、答えなくても結構。それに直接聞くとしましょう」
そう言ってぼろを着た老人はアーノルドに近づき、竜の首飾りに右手をかざした。彼の掌から赤い光が広がり、首飾りの赤い球体と反応する。
「ちょっと、何をするんですか!」
叫ぶリディアを老人が左手で制する。
「危害は加えません。ただ記憶を覗くだけです」
時間にして数秒。赤い光はゆっくりと消えていった。
「なるほど、大体のことはわかりました。あなたがたはこの国の王子アーノルドとその護衛リディアでしたか……そしてフィリアに言われてここに……失礼なことをしました。お許しください」
こちらは何も言っていないのに、私たちの素性を全て理解した……? 本当に記憶を覗いたんだ……リディアは信じられなかった。これって……魔法?
魔法の存在は聞いたことがあったけど、使える人間なんて聞いたこともない。物語の中に出てくる幻想のようなものと思っていたのに……。今実際に目の前で行われたことは確かに魔法のようだった。
その思いはアーノルドも同じだったようで、びっくりして老人と首飾りを交互に見つめて何か言いたげだった。
「ん? どうかしましたかの?」
老人が不思議がって二人に尋ねる。
「い、今のって……魔法ですか?」
アーノルドとリディアが同時に同じ疑問を投げかけてしまう。
「……フィリアから聞いておらんのですか?」
リディアからの問いに答えながら、老人が軽く両手を振る。すると炊事場にある水入れが宙に浮いてこちらにやってきた。棚から食器とカップが飛び出し、机の上に丁寧に置かれた。
アーノルドとリディアの体も宙に浮き、椅子に座らされた。誰も触れていないのに水入れが傾き、カップにお茶が注がれる。さらに彼が食器に手をかざすと手品のようにクッキーが現れた。あっという間に客人をもてなす準備ができた。
「え?」
二人があっけにとられていると、対面に美しく整えられた白い服を身にまとった一人の青年が座った。
「ようこそ我が家へ。俺の名前はラーム……君たちでいうところの、魔物だ」