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第29話

「まあまあ、アーノルド様にリディア様。ご無事で何よりでした」

「シスターの聖水のおかげだよ。本当にありがとう」

「そうです! 剣に聖水を振りかけたら、堅い骸骨の体がスーっと切れたんですよ!」


 礼拝堂で出迎えてくれたシスターに、二人はやや興奮気味にお礼を言った。

シスターはうんうんと優しい笑顔で二人の話を最後まで聞いてくれる。それが嬉しくて、二人の話はさらに弾む。


「あっ、そうだ!  シスター」

 話の途中、思い出したようにリディアが口を挟む。


「魔物って、消えることがありますか?」


「……どういうことでございましょう?」

 シスターが不思議がって聞き返す。


「私が骸骨の魔物を倒したら、すーっと煙になって跡形もなく消えちゃったんです。聖水の力なのかなと思って」


 その話題にアーノルドも加わる。

「西の森でラビティが他の勇者に倒されたときは、死骸が残ったままで消えることなかったんだ。でも、アンロック洞窟で戦った骸骨は何一つ残らず消えてしまった……。シスターは何か知らないかな?」


 うーん、と首をかしげてシスターは答えた。


「……すみません。実は私は聖水を実際に使ったことがありませんから、詳しくないのですが……これを作った方は『魔物に襲われそうになったら十分な効果を発揮する』と言っておりました。そう、あの方なら……」


 とここまでで突然話を止めて、シスターは礼拝堂の裏にゆっくりと歩いて行った。

 そしてしばらくして、青い聖水の入った小瓶を一つ持って戻ってきた。


「アーノルド様……突然で申し訳ございませんが,昔のように使を頼まれてもらえませんか?」


「お使い?」

 反応したのはリディアだった。アーノルドは眉一つ動かしただけで返事をしない。シスターが話を進める。


「ええ。リースにいる、私の友人に届けてほしいものがありまして……」

「リースって……砂漠を越えた先にある……あのリースですか?」

「そうでございます」


 シスターはそれ以上何も言わず、聖水をアーノルドに手渡した。聖水の下には小さく折りたたまれた一枚の紙切れもあった。

 それにアーノルドも気づき、無言でシスターを見つめ小さく頷く。シスターも無言だが、強い意志を持った目でアーノルドを見つめた。


 そんな二人の目配せに気づかないリディアが言う。

「え? アーノルド様、いいんですか? お世話になったシスターの頼みですが……リースですよ? いくらなんでも遠すぎますよ!」


「うん。まあ、大丈夫だよ」

 いつもの笑顔でアーノルドが返事をする。不満そうにリディアが続ける。


「ええぇー? シスター、本気でおっしゃってますか?」

「はい、本気でございます」

 シスターも同じように笑顔で答える。むーっと口を膨らませるリディアに対して、

「いいんだ、リディア」

となだめるようにアーノルドがぽんぽんと彼女の肩をたたく。


「……わかりました。アーノルド様がおっしゃるのなら」


「ではアーノルド様、リディア様、よろしくお願いいたします」

シスターが深々と頭を下げた。



 礼拝堂を後にして、二人は城下町を歩く。道中でアーノルドが訪ねた。

「リディアはリースに行ったことがあるのかい?」


「……はい。一度だけ」

 少しうつむきながら、リディアが話を続けた。

「以前所属していた隊で、賞金首を捉えるために行ったことがあるんですけど……遠いし、暑いし、砂漠だし、何より凶悪犯がたくさん収監されてて……なんだか怖かった印象しかないんです」


「最近は活気があるいい街だって聞いたよ」

 まるで小さい子を納得させるかのように、優しくアーノルドが言う。

「それでも……」


「それにね、シスターの使は、特別なんだ」


「特別?」

 その言葉に、リディアは顔を上げアーノルドを見る。


「そう。小さい頃の僕はなかなか城の外に出してもらえなくてね、シスターの使の時だけ堂々と城下町を歩くことができたんだ。」


「今回のお使いも……特別なんですか?」


 二人は歩きながら話を進めていく。

「恐らくね。わざわざリースに行ってほしいと言うことは、きっと何か意味があるんだ」


「でも『私の友人に』って、それだけじゃ誰に届ければいいのかもわかりませんよ!」


「大丈夫。シスターがこっそりメモをくれたんだ。これも昔と同じやり方。誰かに聞かれたくない話はこうして紙に書いてくれていたんだ」


 アーノルドが腰に下げている荷物入れからメモを取り出し、広げる。それをリディアが横からのぞき込む。


 そこには走り書きで次のように書かれていた。



「ラームに会いなさい。魔王があなたを狙っています、気を付けて」

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