「まあまあ、アーノルド様にリディア様。ご無事で何よりでした」
「シスターの聖水のおかげだよ。本当にありがとう」
「そうです! 剣に聖水を振りかけたら、堅い骸骨の体がスーっと切れたんですよ!」
礼拝堂で出迎えてくれたシスターに、二人はやや興奮気味にお礼を言った。
シスターはうんうんと優しい笑顔で二人の話を最後まで聞いてくれる。それが嬉しくて、二人の話はさらに弾む。
「あっ、そうだ! シスター」
話の途中、思い出したようにリディアが口を挟む。
「魔物って、消えることがありますか?」
「……どういうことでございましょう?」
シスターが不思議がって聞き返す。
「私が骸骨の魔物を倒したら、すーっと煙になって跡形もなく消えちゃったんです。聖水の力なのかなと思って」
その話題にアーノルドも加わる。
「西の森でラビティが他の勇者に倒されたときは、死骸が残ったままで消えることなかったんだ。でも、アンロック洞窟で戦った骸骨は何一つ残らず消えてしまった……。シスターは何か知らないかな?」
うーん、と首をかしげてシスターは答えた。
「……すみません。実は私は聖水を実際に使ったことがありませんから、詳しくないのですが……これを作った方は『魔物に襲われそうになったら十分な効果を発揮する』と言っておりました。そう、あの方なら……」
とここまでで突然話を止めて、シスターは礼拝堂の裏にゆっくりと歩いて行った。
そしてしばらくして、青い聖水の入った小瓶を一つ持って戻ってきた。
「アーノルド様……突然で申し訳ございませんが,昔のように
「お使い?」
反応したのはリディアだった。アーノルドは眉一つ動かしただけで返事をしない。シスターが話を進める。
「ええ。リースにいる、私の友人に届けてほしいものがありまして……」
「リースって……砂漠を越えた先にある……あのリースですか?」
「そうでございます」
シスターはそれ以上何も言わず、聖水をアーノルドに手渡した。聖水の下には小さく折りたたまれた一枚の紙切れもあった。
それにアーノルドも気づき、無言でシスターを見つめ小さく頷く。シスターも無言だが、強い意志を持った目でアーノルドを見つめた。
そんな二人の目配せに気づかないリディアが言う。
「え? アーノルド様、いいんですか? お世話になったシスターの頼みですが……リースですよ? いくらなんでも遠すぎますよ!」
「うん。まあ、大丈夫だよ」
いつもの笑顔でアーノルドが返事をする。不満そうにリディアが続ける。
「ええぇー? シスター、本気でおっしゃってますか?」
「はい、本気でございます」
シスターも同じように笑顔で答える。むーっと口を膨らませるリディアに対して、
「いいんだ、リディア」
となだめるようにアーノルドがぽんぽんと彼女の肩をたたく。
「……わかりました。アーノルド様がおっしゃるのなら」
「ではアーノルド様、リディア様、よろしくお願いいたします」
シスターが深々と頭を下げた。
礼拝堂を後にして、二人は城下町を歩く。道中でアーノルドが訪ねた。
「リディアはリースに行ったことがあるのかい?」
「……はい。一度だけ」
少しうつむきながら、リディアが話を続けた。
「以前所属していた隊で、賞金首を捉えるために行ったことがあるんですけど……遠いし、暑いし、砂漠だし、何より凶悪犯がたくさん収監されてて……なんだか怖かった印象しかないんです」
「最近は活気があるいい街だって聞いたよ」
まるで小さい子を納得させるかのように、優しくアーノルドが言う。
「それでも……」
「それにね、シスターの
「特別?」
その言葉に、リディアは顔を上げアーノルドを見る。
「そう。小さい頃の僕はなかなか城の外に出してもらえなくてね、シスターの
「今回のお使いも……特別なんですか?」
二人は歩きながら話を進めていく。
「恐らくね。わざわざリースに行ってほしいと言うことは、きっと何か意味があるんだ」
「でも『私の友人に』って、それだけじゃ誰に届ければいいのかもわかりませんよ!」
「大丈夫。シスターがこっそりメモをくれたんだ。これも昔と同じやり方。誰かに聞かれたくない話はこうして紙に書いてくれていたんだ」
アーノルドが腰に下げている荷物入れからメモを取り出し、広げる。それをリディアが横からのぞき込む。
そこには走り書きで次のように書かれていた。
「ラームに会いなさい。魔王があなたを狙っています、気を付けて」