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第28話

 リディアは行列を想像していたが、勇者の間には数人しか並んでいなかった。自分が受付を担当していた約一週間前と比べると大分少ない。


「では、がんばってくださいねぇ」

 複数の新米勇者たちが一斉にその場を後にした。

 その向こうにニコニコと手を振って見送る一人の女性がいた。レイチェルだった。


「よし、魔物を倒すぞ!」「どんどんレベルを上げるぜ!」などと言いながら部屋を出て行く初々しい勇者たちを穏やかな笑顔で見送ってから、リディアがレイチェルに声をかけた。


「お久しぶり、がんばっているようね」

「あ、リディアさん! お元気でしたかぁ」


 レイチェルは嬉しそうにリディアの手を握る。と、突然ふらふらっと目まいを起こして壁にもたれかけた。


「だっ、大丈夫?」


「はいぃ……ちょっと……いえ、たくさんの勇者様を見送ってすこし疲れてしまいましたぁ……」


 ふうと息を一つはきレイチェルは一旦目を閉じる。気合いを入れ直したのか、すっと立ち上がり笑顔になった。


「よし、気合いを入れました。大丈夫ですぅ」


 レイチェルがアーノルドの存在に気づき、尋ねる。


「えっと、リディアさんの隣にいるのはぁ?」


「アーノルド様よ。勇者として魔王を倒す旅をしているの。私はその護衛を」


「そうなんですかぁ、お強いんでしょうねぇ」


 その一言にアーノルドは背中がむず痒くなるような変な感じを覚えた。

 が、そんなことは表情に表さず「よろしくね」と言っていつも通りの優しい表情を崩さなかった。



「それでぇ、今日はどうしてここへ?」


 レイチェルはリディアたちから距離を取り、散らばっていた勇者の腕輪や勇者の心得などの後片付けを始める。


「そうそう、私がレベル5になったから、報酬を受け取りに」


 リディアは左腕についている勇者の腕輪をレイチェルの方へ向けて数字を見せる。


「あらぁ、おめでとうございますぅ。どんな魔物を倒したんですかぁ?」


「名前はわからないけど、骸骨の魔物だったわ」


「骸骨の……へぇぇ、すごいじゃないですかぁ!」


 語尾を伸ばして話す彼女の言葉になんとなく本心が伝わってこない気がしたが、アーノルドは気にしないことにした。


「あれ、魔物を倒したのにアーノルド様はレベルが上がらなかったんですかぁ?」


 一瞬、空気が固まる。それを打ち払うようにリディアが言葉を発する。


「そ、そうなの……なぜか私の腕輪にだけ魔物の気が入っていったのよ。だけどね、アーノルド様も聖水を床に投げたりがんばったんだから! ね、アーノルド様!」


「……一応、僕も魔物を狙って投げたつもりだったんだけどね」


「はっ! ……すいません!」


「あはは、おもしろぉい!」


 レイチェルが笑ってくれたからなんとか場が和んだ……ような気がした。彼女はそのまま部屋の後ろにある棚の中も整理し始めた。


「もしかしたら、魔物を倒した人にだけ魔物の気が入っていくのかもしれないね」


「あ、そういう仕組みなんですねぇ。説明書に書いてないから知りませんでしたぁ」


 アーノルドに背を向けたままレイチェルが返事をした。棚の中に手を伸ばし、何かを探しているようだった。


 リディアも魔物の気がどういう仕組みで腕輪の中に吸収されるのかは知らない。勇者の心得の中に記されていないし、受付として事前に説明もされなかった。


 もしかしたらアーノルド様の言うとおり、倒した人だけがレベルが上がるようになっているのかもしれない。

 今度魔物を倒す機会があれば、最後をアーノルド様にお願いしてみよう。そう思った。


 ほどなくして、レイチェルが薬草があふれるほどに入った箱を持って二人の前に現れた。


「はい、薬草詰め合わせですぅ。ちょっとサービスしておきましたぁ!」


 と言って、その箱をアーノルドに手渡す。「あっ」とリディアが気づく前に、重さに耐えきれずアーノルドは箱を落としてしまった。


「あはは、たくさん詰め過ぎちゃいましたぁ!」



 結局リディアが箱を持ち、二人は勇者の間を後にした。


「またレベルを上げて戻ってきてくださいねぇ」


 二人の姿が見えなくなるまで、レイチェルは手を振って見送ってくれた。純真無垢ってああいう感じの子を言うのかなぁ……でも、悪くない気分かな。


 リディアがそう思っていると、アーノルドの顔が険しいことに気がついた。そういえば先ほどからあまり言葉を発しない。


「……」

「アーノルド様、どうかされました?」

「……あ、いや……何でもないよ」


 何か考え事をしているようだったが、リディアは深く追求するのはやめておいた。


「さ、次はシスターに聖水のお礼を言いに行きましょう!」

「……薬草も分けてあげようね」


 アーノルドが、薬草で顔がほとんど隠れているリディアに向かって言った。

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