「ぎゃーーーーーーっ!」
リディアは奇声をあげてぶんぶんと剣を振り回す。アーノルドはしゃがんでその場をやり過ごそうとする。
ブシュッっと音がして、リディアはその黒い塊の一部を切り落とした。コウモリだった。
そのままコウモリの群れはどこかへ飛んでいってしまった。
「はあはあはあ、ごめんなさい……アーノルド様、お怪我は……ございませんか……」
大きく呼吸を乱しながらリディアが尋ねる。
「ああ、ありがとう。僕なら大丈夫だ。」
「はあはあ、なんだ……コウモリだったんですね。……悪いことしちゃったな」
振り回した剣に当たり命を落としたコウモリを見て、リディアは言った。
「自分の身を守るためさ、仕方ないよ」
と言いながらも憐れみの目でコウモリを見つめるアーノルドに,リディアは息を整えてから思い切って聞いてみた。
「あの、アーノルド様……大変失礼なことをお尋ねしますが……」
「?」
「礼拝堂のシスターがおっしゃっていた『虫一匹殺せない』っていうのは本当で
すか?」
「え……ああ。恥ずかしい話だけどね」
少し間を置いてアーノルドが話を続ける。
「……どうしても、見えない部分が気になってしまうんだ。『この虫は今から家に帰って家族に会うのかもしれない』とか考えてしまうと、なんだかかわいそうになってね。先日のラビティもそうだ。自分に危害が及ばない以上命を奪うのはよくないと考えているんだけど……ごめんね、魔王を倒そうとか言っている勇者なのに考えが甘いよね」
「いえ、そんなことは……」
「でもね、相手が自分の命を狙ってくるのなら,こちらも同じくらいの覚悟をもって臨まなければいけないとも思ってる。……まあ、僕に魔物を倒せる力があるかわからないけど」
「……私は全力でアーノルド様をお守りいたします。ですが,命の危険が迫った時は相手のことよりも自分を一番にお考えくださいませ」
「……ありがとう」
アーノルドはそこまで話をすると、以前ラビティにしてやったときと同じようにナイフで地面に穴を掘り、コウモリのお墓を作った。
そして手を合わせて祈りながらリディアは別のことを考えた。
コウモリを一匹倒してしまったけど魔物の気は出なかった……ってことは、コウモリは魔物じゃなかったってことだ。
見た目とか完全に魔物なのに……。とすると、他の勇者たちはどうやって魔物とそうじゃない生き物と区別しているんだろう?
自分に向かってくるものが魔物? いやいや野生の動物だって人間を襲うことはある。
そもそも魔物って、何?
勇者の間で受付として何人もの勇者の誕生に立ち会い、魔物退治に送り出した自分が、魔物のことを何にもわかっていなかったことに気づいた。
これは一旦王都に戻って魔物について勉強し直す必要があるわね。
これからコウモリとか魔物に会うかもしれないけど行くしかない。こっちには礼拝堂仕込みの聖水もあるんだから!
お祈りを済ませると、腰に下げた荷物入れの中に聖水が入っていることをしっかりと確認し先へ進む。