話をしている最中だったとはいえアーノルドもリディアも全くその気配に気づくことができなかった。
はっと振り返るとそこには国王ニクラス一世の姿があった。
「こっ、国王陛下!!」
すぐさまリディアは膝をつき深々と頭を下げた。
「よいよい、リディア。顔を上げなさい。二人とも驚かせてすまなかったね」
国王は二人の姿を見て笑顔で続ける。
「うん、なかなかさまになっている。……胸当てに短剣か。今のお前の力量に合ったいい装備だ」
「ありがとうございます。ところで父上はどうしてこちらへ?」
アーノルドが尋ねると、
「どうしてって、たまたまこの近くを歩いていたんだ。そうしたら偶然お前の声が聞こえたんでね」
「そうでしたか」
と、他愛のない親子の会話が続く。
「リディアにも無理を言って済まなかったね。アーノルドとの二人旅は大変かと思うが宜しく頼むよ」
突然話を振られて緊張を隠せないリディアだった。
ラビティと対峙したことは絶対に話すまい。そう思った。
そうこうしているうちにシスターがガラスの小瓶を二本、銀のお盆に乗せて戻ってきた。
透明な小瓶の中に青々とした液体が入っているのが見える。
「おや、国王様もいらっしゃっておりましたか……。お迎えできずに申し訳ございませんでした。今、アーノルド様に聖水を準備しておりましたもので……」
「はっはっは。ただ立ち寄っただけだからな。気にせんでくれ!」
国王は二人の後ろからシスターに向かって返事をした。
そのときにリディアは国王の姿を自分が隠してしまっていることに気がつき、横に動こうとした。
するとそれを国王が制し、
「よいよい、そんな気を使わなくていい。このまま隠しておいてくれないか……実は私はシスターが少し苦手なんだ……」
小声でそうリディアに呟いた。
年齢的にもシスターの方が国王よりも上だろうから……もしかして国王も小さい頃からシスターのお世話になっていて顔が上がらないのかしら……そう思うと少しおかしかった。
「ではアーノルド様。これが聖水でございます。二本分ご用意いたしました。魔物を倒すには十分な量ですよ。」
と言って、シスターが聖水を差し出す。
吸い込まれそうな青色をした神秘的な雰囲気をもった水だった。これが聖水……リディアもアーノルドも見るのは初めてだった。それを一本ずつシスターから受け取った。
「ありがとう、シスター。代金は……」
金貨の入った袋を渡そうとするアーノルドに、シスターはかぶりを振って答える。
「それはアーノルド様が勇者になられた記念に差し上げます。……そうですねぇ,どうしてもというなら、代金は”魔物を倒した後に元気な姿を見せにくること”にしましょう」
その言葉を聞いたアーノルドは力強くうなづいた。
「わかった。必ずいい報告をしに戻ってくるよ」
シスターがリディアの方を向いて話を続ける。
「リディア様もどうか無理をなさらぬよう。退くことも戦略の一つとお考えください」
「ええ。アーノルド様の安全を第一に行動します」
二人は深々と頭を下げ,礼拝堂を後にした。
賑やかだった空間がまた落ち着きを取り戻す。
部屋に残ったのはシスターと国王二人。
しばらくしてから,ふうと一つ息を吐きシスターが口を開いた。
「……さて,本当はなんの用事ですかな」
シスターの声色が変わった。アーノルドに話しかける優しい口調ではなく、低く厳しい声だった。そして、鋭い目つきで国王を見つめる。
「おや、ばれておったか」
ニクラス一世は不敵な笑みを見せた。